特別委員会

 明日の最終日を前にして、常任委員会と、特別委員会が、委員会に付託されていた案件などを審議決定するために開かれました。
環境生活委員会は、公害紛争提訴などのさいの手数料を改定する(再提訴する際は前にかかった手数料を差し引く)案件など二つの議案を原案通り決定して、短時間で終了。
午後からの道州制等特別委員会は、第二次の特区提案のうち緊急提案の5項目(医大の定数決定権、医師の派遣、道職員医師の民間病院への派遣、水道事業の監督権、食品安全(JAS)に関する監督権)などについて全会一致で可決しました。この後、小松委員から第二次本提案の進め方等で質問が、遠藤委員からは支庁制度改革についての質問がありました。午前の短い時間で会派の経済財政戦略会議が開かれその後、議員提案条例検討委員会、エゾシカ保護管理計画について部の担当からの聞き取り、イルカ突き棒漁の関係者調整結果聞き取り等暇無しの時間が続いた1日でした。
最後は未来塾という勉強集団の会合で、「アーバンコーポレーション」という会社の石川社長から北海道の可能性や、試算活用術、夢などについて講演をいただき多少明るい気分で帰りました。

走り回っています

 昨夜JRで札幌に戻って、今日は朝から議会へ出ました。議会では、予算特別委員会が開かれており、午後から知事総括となっていました。私は今回参加していませんが、仲間の議員達がそれぞれ行財政改革・支庁制度改革・医療制度などについて質問を繰り広げていました。委員会質疑もそうですが、特に知事総括では限られた時間の中で質問をしなければならないので、質問数が多くなる程一人あたりの時間が短くなり、時間切れで充分な追求を出来なく、知事側に押し切られることもあります。急激な改革が予定されていることもあり、公共事業削減は北海道経済の大きな部分を占めている建設業に多大な影響を与え、支庁再編は現在の支庁を縮小される市町村の人口減や経済の縮小など大きな変化も予想されています。このため大きな影響を受ける業界や市町村の代弁をしている議員などから、慎重論や、反対論が出てきています。一方道財政の窮状も待ったなしの所に来ており、非常に難しい道政運営の中で道職員のモチベーションが下がりはしないかと懸念される材料です。
 午後遅くから道州制特区第二次提案項目検討委員会、夜には会派同期会の「一風会」忘年会が、道庁記者クラブキャップのメンバーを加えて開かれました。なかなか良い企画でした。

自立論

 何度も書いていると思いますが、北海道の自立について考えてみたいと思います。今道州制特区での権限移譲について検討していますが、今の北海道の現状についてよく考えると、自主財源確保についての特区提案がありません。単なる権限移譲だけでは、それも小さな事だけでは何ら地方分権の先駆けなどにはなりませんし、親に貰った小遣いとその上乗せのための借金では自立の気運にもなりません。
 北海道局(旧北海道開発局)や、国の地方支分部局(農政局や経済産業局などといった国の直轄出先機関)と道庁の統合と、それに係わる財源の移譲があって初めて本当の意味での地域主権型社会が実現できると思います。
 勿論一気にそこに至ることは無理があると思いますが、そのことが地方に住む住民にとって、あるいは日本という国にとって将来的な利益になることであれば「道州制特区法」を皮切りに進めなければならないと思います。
 そういう意味で、今検討中の道州制特区の中に、一部でも財源の移譲が含まれていても良いのではないかと思っているところです。

久し振り

 2週間ぶりに地元に帰りました。空から見た平野はやや白くなって見えましたが、それほどの雪でもなかったようで、道路は舗装が出ています。午後から、衆議院の第7選挙区支部長を選ぶ根室管内の会合を開きました。前回からの期間に各自民党支部毎に具体的な検討をしてきた結果を集めて、明日の根釧合同の会議に臨むためです。会議では、どの支部もいくつかの条件の中で、一致した気持ちを持っていますので、具体名を含めて明日の会議に報告する案をまとめました。ここまでは淡々と進みましたが、これからが大変な作業になります。しかしなんとしても勝ち抜ける戦いをして、空白の国政を埋めなければならないと思っています。
いくら要望しても、空虚な気持ちの残るような方ではと、要請に出向く方が皆申します。最強の候補で、政治を取り戻さなければと思います。

若さとは

 還暦となった私が、若さを保つには、出来るだけ他の人達の若さを吸い取ってしまうことだと、半ば冗談のようにいっていますが、今日はその餌食となる、「ドットJP]という学生組織の、私に関わりのある人達と焼き鳥を食べながら話をしました。彼らはまだ私に少し遠慮をしてもいるので、そんなにズバリとものは言いませんが、その自由な発想や、会話に若さを感じて頼もしく思います。若さとは、ものが多少分かっていなくとも理想を言いながら突き進んでいくことで、最近はそういう若い人をあまり見かけなくなっています。若くして老成しては、これからだんだん難しくなる時代を生き抜いてはいけないと思います。私達に対して、理想を言いながらぶつかってきて欲しいと思っています。私達は勿論多くの経験則の中から突き返してやります。
 握手をした時には、若さを吸収されないように気を付けた法が良いですよ。

ちりとてちん

 朝の連続テレビ小説で「ちりとてちん」という番組をやっています。おきまりのように元気が良く、少し慌て者のヒロインが落語家になるまでの物語のようですが、「ちりとてちん」とは番組の中にも出てくる落語の演題で、腐った豆腐を「ちりとてちん」という食べ物だとだまして食通を自慢している者に食べさせる話です。先月「中標津寄席」があったときに、”入船亭扇遊師匠”がやって聞かせてくれました。内容が良く解ってもいないのに、行財政改革や、支庁制度改革、道州制等を一人前のようにいうのは、これに似ているのかなと思ったりもします。これらを論じるためには、もっともっと様々な事情を知っておかなければ、一方的な判断をしてしまう事を自覚しなければと思います。

道州制特区

 朝から、道州制特区の第二次提案項目の検討会に出席しました。多くの道民提案や自治体提案、自民党提案などの中から提案検討委員会にかけるものを選択する作業を重ねていますが、省庁の厚い壁を突破して、道州制への道を開くことが難しいことは、私達以上に各部の担当は感じていることと思います。同じ法律の下で仕事をしていることでそれに縛られることは解っても、それでは中央集権でがんじがらめになっている”植民地北海道”が自立する切っ掛けはつかめないとの信念であたらなければならないと思っています。厳しい道のりですが、財源確保をしながらもの作り産業を育て、一次産業や、観光といった北海道の強みを生かして、世界に向かって出ていくためにも、小さいことですがCIQや、農家民宿での牛乳提供などといった初歩的なものから、保健福祉の分野まで、広範な権限移譲について要求していきたいとみんなで各部の担当を叱咤激励しながら進めています。

ああ〜還暦

 遂に還暦がやってきました。振り返ってみれば長いようで短い60年です。
 気も体も弱かった子ども時代。一年生に入った時一ヶ月は毎日泣いて帰った少年でした。毎年中耳炎を患ってもいました。中学・高校と運動神経が鈍いことが幸いして、勉強に没頭できました。運と目の良さで北大に入ることが出来、入った部活が応援団。実は「ブラスバンド新設、団員求む}の看板に惹かれて入ったのですが、人手不足もあってリーダーもやり、長髪に汚い格好をして徘徊していました。夏休み実家に帰ると、その変わりように母親から、「寝ている間に切ってやる」と怒られたことも懐かしい思い出です。4年の時には、旧帝大の定期戦「国立7大学総合体育大会」の実行委員長も経験し、これらの経験が大学で習った以上にその後の自分に大きく役立っています。
 酪農(と言うより牛が好きで)をするために真っ直ぐ実家に帰って当時赤字続きだった経営を任されました。幸い俊枝という女房に恵まれ、二人で7年かかって働きに働いて黒字化に成功しました。
 今では北海道議会議員などと、思ってもいなかった立場になりましたが、母親に似て衰えてきた記憶力に悩みながら今後の北海道の進路を決める大事な時期に立ち会える充実感を感じています。
「記憶が良くなる法」という本を読みながら、それを飛行機の中に忘れてくる私ですが、今後も頑張ります。

新しい北海道に向かって

 今日も午後から本会議での一般質問がありました。それと平行して、自民党会派の中で行財政改革や、道州制特区権限移譲申請項目の検討、支庁制度改革などの検討が精力的に行われています。それぞれ分担してやっていますが、政務調査会のメンバーは重複して参加していることが多いので、私や小松議員は本当に多忙になっています。それぞれ先輩議員がリーダーとなってやっているので、その方達のリードやまとめを戴きながら道庁幹部職員と共に形作っていますが、今後の北海道の方向付けを決めると言っても良い提案ばかりですので、充実感と共に大変な責任感を感じながらやっています。

札幌中標津会

 先週の東京中標津会に続いて、札幌中標津会が開かれました。どの地方もそうでしょうが、人材をどんどんと都市に送り出して過疎化になっているのが地方の実態です。一方では、田舎から出て多くの人の中で活躍しているのはまた田舎の自慢でもあります。そんな意味で今回も中標津出身で札幌周辺で活躍している方々と、「中チョン会」といって、単身で中標津に赴任した経歴のある、いわば中標津のファイン大使のメンバーが勢揃いしました。女性も多く、ふるさとの話や、出身地区の話などで2時間があっという間に過ぎてしまいました。
 このように、地元でお金をかけて教育をして札幌や東京に送り出した人材が働いて払う税金を都会のみが得ることはおかしいということから出てきたのが「ふるさと納税制度」で、今後地方の格差是正などのためには必要だと思います。