委員会構成

昨日議長・副議長も決まり、今日は昨日遅くまでかかって各派の調整をした結果の常任・特別各委員会の委員と、その互選による(実際は議員数に応じて各会派で予定選任された者)委員長と副委員長を選びました。私は常任委員会は引き続き「文教委員会」特別委員会は5期のメンバーで特別委員長を務めていなかった東議員と私が、それぞれ「産炭地エネルギー」と「新幹線・総合交通」特別委員会の委員長を務めることになり、私も長年所属してきた「北方領土特別委員会」を外れることになりました。

議長選任

臨時議会は今日が3日目。会派内での候補は決まっていたものの、そのほかの調整に時間を要し、金曜日の午後になって諸調整がほぼまとまりましたが、残り時間の都合上、今日議会での議長選挙が行われました。投票の結果私たちの仲間の村田憲俊氏が97票を獲得して議長に、高橋亨氏が93票で副議長に選任されました。新知事とともに新しい時代を切り開く役割を果たしてもらいたいと期待します。

副知事人事

先に3人の副知事を一度に退任させる驚きの方針を示した鈴木新知事でしたが、昨日夕方電話があり、新しい副知事には浦本公営企業管理者、土屋元農政部長、中野総務部長を充てると連絡があり、一安心したところです。一時は中央省庁や民間から大胆な人事を行うともうわさされて居ましたので心配していました。これで道庁内も安心して結束しての仕事ができると思います。

ロシア人と日本人

一便で帰ってきて、午後からの千島連盟後継者連絡協議会の総会に出席。総会後の講演では、ロシア語通訳の佐藤史郎氏が「人には言えないロシア人の本音」と題してロシア人と日本人の違いなどについて語られました。曰く、ロシア人は嘘でもなんでも言い逃れしながら通していく者が高く評価される。親が殺人者であっても自分とは関係ない、自分は自分だと平気でいる。だから歴史的に正当であろうが無かろうが一度手にした領土は理屈をつけて正当性を主張し続けることでそれはわが物ということのようだ。  なるほど!

ようやく合意

絶対多数を獲得したことで、議長だけでなく副議長もわが会派でとるべきという意見があり、会派内で調整しながら、各派代表者会議でその状況を見守っていましたが、今日ようやく会派内での調整が整い、他会派との交渉の結果、この後議院運営委員会で決められることですが、副議長を第2会派に譲る代わりに、輪番制にしていた予算特別委員会と決算特別委員会の委員長を最大会派が務めることにするということで折り合いがつきました。いよいよ20日月曜日に議長と副議長が選ばれます。

延会

今日から臨時会が開かれました。鈴木知事の就任あいさつがありましたが、自民党内での副議長候補について、他会派は第二会派から副議長を、というこれまでの慣行を踏襲すべきという意見で、自民党内の調整にかかっているということになります。同時に常任委員会や特別委員会の正副委員長配分や、委員数配分などについても議員会幹事長会議で進められています。今日も最終調整が整わないということで、本会議は延会となりました。

戦争発言

今年第一回のビザなし交流事業で、国会議員として参加した丸山議員が、「戦争でなければ領土を取り返せない」という考えについて大塚団長にしつこく聞いたということが報道されて問題となっています。私たちから見るとロシアが不法占拠していると思うのですが、ロシア政府関係者は「先の大戦の結果正当に獲得したもの」と開き直りの主張を強めており、第二次大戦の終戦処理の中で「新たな領土は求めない」という第一次大戦後に発表された大西洋憲章にも違反しているのにそれにはお構いなしの態度には、こう言いたくなる気持ちはわかるものの、平和的な交流の中で相互理解を強めながら領土返還と平和条約締結を目指すビザなし交流でのこのような発言はやはり遺憾です。

各派代表者会議

選挙後議長・副議長や委員会、副知事人事などを決めるための臨時議会が開かれました。議会を動かすためには、議院運営委員会が協議をしながら進めるのですが、まだ議長選挙も行われてもいないので、委員会が作られていないことから、「各派代表者会議」を開きその代わりをして進めるています。そのメンバーとなっていますが、その最年長者ということで私が座長となって進めることになりました。自民党が53議席を得たことから副議長も自民党から出すべきという意見が自民党内からあり、その調整のために休憩を取りながら進めています。

議長候補決定

今季前半の議長を決める臨時議会を前に、自民党道民会議の議長候補選考が行われ、3名による意向表明ののち所属議員全員による投票が行われ、村田憲俊氏が最初の投票で過半数を獲得し議長候補に選ばれました。氏はその人格・識見が優れ、早くから議長候補との期待が高かった方です。5期になると当選議員のすべてが後援者から議長になるという期待が持たれますが、今期は8人の同期がおり、私もその一人。次に向けてというよりはしっかり北海道と地域の振興のため全力で働いてゆきたいと思います。

後を追って

3月に亡くなった母の妹が、母の49日の翌日、後を追うように逝きました。母の10歳年下の妹ですが、母親を早くに亡くしたため、私の母を母親代わりだと慕っていました。一昨年心臓の病気で、低酸素脳症になり、ほとんど意識がない状態で3か月の命といわれていましたが、それから1年と9か月順番通り母の後、それも49日の翌日後を追うように逝きました。今日葬儀を終わらせましたが、きっとあの世で「姉さん来たよ」と言っているのではと思います。     合掌