残念無念

民間初のロケットとして成功を期待された宇宙ベンチャー「インターステラテクノロジズ」が打ち上げた「MOMO」が、通信が途切れたとしてエンジン停止の指令を送ったことで宇宙まで達することができずに失敗に終わったと報じられました。大樹町では長い間の念願が叶うと期待して見守っていたと思いますが、失敗という結果に残念がっていると思います。しかしエンジンは正常に稼働し、打ち上げそのものはしっかり行われており、通信が失われた原因が分かれば次につながると思います。

資金的な問題はあるかもしれませんが、クラウドファンディングなどを活用するなどして再挑戦してほしいものです。

辞任の山

昼のニュースから民進党の蓮舫代表、防衛相の黒江次官、岡部陸上幕僚長の辞任、そしてそれに続いての稲田防衛大臣の辞任と安倍政権を取り巻く様々なところでの辞任報道が相次いでいます。政治の信用を失墜するような不祥事の報道によって、国民の間に政治に対する信頼が大きく揺らいでいてそれが表面に現れてものです。選挙の際、期待をして票を投じた人たちがいったんこうなると留まることを知らないのはこれまで何度も繰り返してきたことです。支持率は人気に支えられているということを忘れ、現場を見ない理念だけの政治がこうなることはわかっていることです。

しっかり地に足を付けた政治を地方議員のレベルから実現していきたいものです。

要望会

今日は予算編成の時期を前にした各団体からの要望が多く、議会にも来られました。保育園の団体では、保育士不足と保育支援員の講習について、根室管内と日高管内の開発期成会ではそれぞれの地域の諸課題について、羅臼町ほか根室管内3町は根室海峡でのロシアトロール船の操業禁止についてを要望されました。地域の活性化や北海道や日本の将来にもかかわる案件も多く、しっかり取り組まなければならないものと思っています。

AI人工知能

札幌で内外情勢調査会の例会があり出席しました。講演内容は「AIを使った勝てる組織を作る最強データ活用法」と題して、これまでのID野球とは視点の違った「セイバーメトリクス」と称する統計的手法を用いた分析により、観客動員数や選手の能力判定その配置、登用の仕方、ドラフトによる補強などを決めていくというもの。ICUですとか、ビッグデータの活用でこれまでの常識を超えた戦略が組めるということは、あの将棋の藤井4段がAIによるコンピューター将棋の手法を取り入れて28連勝という記録を打ち立てたことでもわかります。

様々なところに取り入れていくべきものと思いました。

夜中から朝方にかけて、予報通り大きな雷の音と激しい雨の音で目が覚めました。昨日防災講座を受けた直後であり、各地で短時間豪雨が発生している折でもありましたので不安感もありましたが、いつもの夕立の範囲と思ってまた寝てしまいました。結果はその通りでしたが、これが油断につながるのかもしれませんね。

防災

第2回中標津町防災リーダー養成講座がありました。今回で2回目で、秋までまだ数回開かれることになっており、北海道防災マスターとして登録されていることから参加申し込みをしていますが公務との兼ね合いですべてに参加することはできませんが、災害の多い現状の中で知識を持っておくことの必要性を感じてできるだけ出席したいと思っています。

今日は災害の起きるときの気象についての講座でした。大雨や暴風雪の起こるときの天気図に注目していると予測のできることが多いと、実際に災害の起こった時の天気図を例に出しながら解説を受けました。

もしもの際のためにいかに備え、判断するかは昨年の大雨の場合でも問われてことです。今日の講座の内容を今後に生かしたいと思います。

予算要望

来年度予算の要望に東京に出向きました。朝8時から自民党本部で北海道代議士会が北海道商工会議所からの要望を受けるところに同席し、12時からは知事、副知事らから来年度予算の要望にも同席し、こちらはお願いの側として発言もしました。北海道からの要望は、「世界に輝く北海道ブランドづくり」「安心して暮らせる活力に満ちた地域社会の構築」「世界に誇るふるさとの歴史・文化の発信・継承」「強靭な国づくりに貢献する北海道」の4本柱で構成されたものに重点を置いています。

戦没者追悼式

先の大戦で散華された方々を追悼する、北海道戦没者追悼式が行われました。戦争に良い悪いはありませんが、人が殺しあうことには変わりなく決して繰り返してはならないことです。しかし国際的にどの国もそう思っているとは限らず、国土の拡張や資源争い、宗教的な原理主義で武力闘争をするなど世界ではまだまだ戦いが無くなるということはありません。世界が平和で暮らすために何をすべきか考える日になりました。

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日野原重明さん

生涯現役の医師日野原重明さんが無くなったと報じられています。日野原さんは医師としてだけでなく、視力をなくした人たちが集う「光の家」の理事長も長く勤められ障害を持つ子供たちのために尽くされたことでも有名な方です。社会運動家とも言えて、健康の管理と共にいかに人が幸せに暮らすかを説き続けた方でもありました。105年の見事な生涯に心から敬意を表します。

道みんの日

北海道と名付けられてから来年で150年を迎えるにあたって、それを記念する日を設けることになり、松浦武四郎が、天塩を訪れた際アイヌの古老から聞いた「かい」という言葉が「この地で生まれたもの」ということから「北加伊道」という名を含めて6通りの提案を送った日が今日でした。明治政府はこの加伊を海と変えて認可したのが8月15日だそうで、私たちは名付けた日を「北海道みんなの日」略して「道みんの日」として、先住民族としてのアイヌの人たちも私たち後から入った人たちもみんな等しく道民として生きていくという再出発の日としたつもりです。

加藤アイヌ協会長の涙ながらのあいさつ松浦条例制定委員長の経過報告