鹿と衝突

 今日は予算委員会初日。
 今回はメンバーになってはいませんが、一般質問でおりたときの「生活保護」に関する質問を、委員交代して貰ってしました。
 問題点については昨日書きましたので省略しますが、国も道も増え続ける保護費をどうすれば抑えられるかをもっと真剣に考える必要があります。
 困窮者の最後の砦としての生活保護ですが、一般会計支出に占める割合が医療費や、介護費などと共にどんどん膨らんで行くのをそのまま放っておいて良いものでもありません。
 年金制度や、失業対策など他の制度や社会や家族のあり方などの道徳と併せて長期の計画を持って取り組む必要性があると、質問を通じて感じました。

 今日は、一期の議員が3人エゾシカ問題について質問していました。
 吉川議員は、処理場の衛生管理について、三好議員は駆除と活用について、松山議員は鹿肉の認証など流通に関してなどの質問でした。
 いかに今増えすぎた鹿が問題になっているかが伺えます。
 という質問を聞いたあと、5時57分の特急に乗って帰途につきましたが、追分駅の直前で列車は長い汽笛を鳴らして急停止。
 止まるときに車体の下でがりがりと何かが引っかかるような音がして、何を轢いたのかと思ったら、鹿と衝突したとの場内放送が有り、あれは雄鹿の角だったと解りました。
 私が乗った列車の鹿衝突は初めてでしたが、全道では、道東を中心に何十件も起きているということで、大事故にならないうちに管理頭数を減らさなければならないとあらためて思いました。

生活保護費

 昨日の質問をおりた時点で、「生活保護について」予算特別委員会の保健福祉分野で質問する事にしていました。
 全国で増え続ける生活保護費(23年度予算で、約2兆6千億円、前年比1466億円増)(北海道は2487億円・21年度)について、その要因や増加を防ぐ方策などについて共に考えなければならないと思ったからです。
 道に聞いて解決できることは少ないのですが、少なくとも、失業によって生活保護を受ける人が増えるのくらいは防止できるのではと思うのです。
 国の経済政策や、就労対策が出来ていれば、この分野の人達は生活保護など受けなくとも良くなるはずと言うのが私の考えです。
 受給者が増えている要因としては、高齢者世帯で、年金がないとか、少ないとかの理由によるものも大きいのですが、富山県や、北海道内の町村部ではそれ程多くなく、大阪、東京、札幌といった大都市で多いというのは、理解できないところです。
 様々な要因が集まっていると思われますので、今後も調べていきたいと思っています。

一般質問終了

 初日3名分が空転し、日程はどうなるのかと心配しましたが、予定通り今日一般質問が終わりました。
 1日6名の予定のところを7名にし、自民党会派から私と小野寺議員がおりて調整の結果、今日予算委員会と決算委員会の設置手続きを含めて5時半には終えることが出来ました。
 私が用意していた質問は、予算委員会や、決算委員会、次の4定などでしていくことにし、一層練り上げて前進していけるようにしたいと思っています。
 再質問以降の意見交換を無くしたことで、答弁準備のために時々会議が止まるようになりましたが、議会らしくて良いのかも知れません。
 ただ、結局すれ違いに終わり、再質問・再々質問をしてもさほど実のある議論が出来たとは言えません。
 質問者、答弁者の能力と姿勢が問われるようになってくるでしょう。

公徳心

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 この写真は、9月始め頃、強風が吹いた日の翌日、マンションのロビーに掛けられた一枚のTシャツに貼ってあるお知らせです。
 4階に住む方がベランダに飛んできていたものを丁寧にハンガーに掛けてビニールで覆いこの紙を貼ってロビーに掛けてくれたものです。
 以来もう20日ほどにもなりますが、一向に持ち主が現れませません。
 マンションの場所から見て他の建物から飛んできたとは考えにくいのですが、何故なのでしょうか?それともやはりどこか他から飛んできたものなのでしょうか。
 こうして、普段何のつながりものないマンションの住民でも、たった1枚のTシャツをこうして丁寧に扱ってくれます。

 一方でそれを持っていかない人はどうしたのでしょうか。
 自分の主張をすることも大事ですが、みんなのことも考える公徳心は、いつまでもこの国に無ければならないと、昨日今日の出来事などを見て、あらためて思います。

好天の下と、少しの勇気

 秋晴れの好天の下、各地でイベントが開かれました。中標津では、「町中賑わい秋の陣」と題しての商工会主催イベント。
 標津町は「あきあじ祭り」。
 中標津では他に、100人サッカーや、新そば祭りなども開かれ、沢山の人達が参加しました。
 また、計根別農協では、新しいTMRセンターの落成式も行われ、また一つ農業経営に拠点が増えました。(残念ながら、一つも写真がありません)
 夜、釧路からJRで出札しましたが、乗った特急の中に、酔った若者が一人いて、歌を唱うは、大音響でウオークマンを聞くは、デッキに行ってたばこを吸うはで、混んでいてデッキに立っている人がいるにも拘わらず、その周辺には敬遠して座れない始末で、大きな迷惑になって居ました。
 近くにいたので余程注意しようかと思いましたが、少しの勇気が出ずそのままにしてしまいました。
 結局、その男は、車掌が外部と連絡を取り豊頃の駅で警察官に引き渡しましたが、良いと思っても、少しの勇気が出ないことが恥ずかしい場面でした。

台風一過

 昨日根室沖を通過した台風15号でしたが、そこここで飼料用トウモロコシを倒しましたが、そのほかには大きな被害の報告はありませんでした。
 トウモロコシも、べったりと寝たのは1割くらいと言うことで、何とか刈り取りは出来るのではないかと思っています。
 今日は台風一過のスポーツ日和となり、西春別で中司後援会主催のパークゴルフ大会を開きました。35名の参加でしたが、結果にこだわりながら、和気藹々とプレーしました。
 今日からの3連休は、沢山の行事がひしめいていて、忙しい休日になります。
 酪農家は、残った2番草の刈り取りと、ススモン病が出てきたことと、台風で倒れたトウモロコシの刈り取りを急ぐためにも、しばらく天気が続いて欲しいと思います。
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議会空転

 今日から一般質問が始まりましたが、3人目の、午後1番の川畑氏の質問で、道のエネルギー政策に関連して、これまでは泊原発の1号機、2号機が動かせないまま冬を迎えても、北電以外の自家発電や、北電火力発電所の定期検査延期や稼働率アップなどの対策をすれば、東北への60キロワット送電をしても需要予測を超えて確保出来るとしてきたものを、知事が後志町村会の12町村長等のやらせ調査要請の席上で、突如「道民への冬季節電要請も検討しなければならない」と述べたとの報道についてこれまでの説明と違うと質問したことに対して、
 「火力発電所等のトラブルも考慮に入れると不足する事態もあり得ると考えたため」との答弁に自民党が反発して議会が止まり、そのまま午後5時前、延会となりました。
 私にはこの答弁のどこが悪かったのか解りませんが、道側も、先日会派で行われたエネルギー調査会会合での説明から一転したことについての詳しい説明が無く会派幹部が不信感を持ったものと言われています。
 結局今日は残り3名(川畑氏も終わってはいないのですが)は後日へ繰り延べとなり、予定の日程通り終わらせるとすれば、誰かが質問をおりなければなります。
 ここ3回続けて質問に立っている私などは一番におりる候補になりそうです。

防衛

 休会日でしたので、朝の便で地元へ帰り、延び延びにしていた「地方議連」と「道東防衛議連根室圏支部」の総会と研修会を開きました。
 研修会は、陸上自衛隊別海駐屯地の第5偵察隊情報幹部・柴田一等陸尉による、「東日本大震災救援活動の状況について」の講演でした。
 この災害には、全国から10万人の自衛隊員がそれぞれの地域に派遣されましたが、北海道の第五旅団(帯広中心に釧路・根室・美幌)からも1555名、別海駐屯地からも60名が派遣されたそうです。
 現場の様子や、救援活動の様子などの画像を見ながら講演して貰いましたが、悲惨な様子や、自衛隊ならではの機動力、自治体が崩壊した中での統率力など、日頃の訓練が伺える講演でした。
 防衛とは、第一に国民を守ることとしっかり教育と意識付けをされている自衛隊ならではの活動でした。
 役割は災害派遣だけではなく、勿論国土防衛も重要です。侵略や、挑発行為に即動ける法整備がまだ出来ていないとも聞き、ロシアや、中国の目に余る威嚇行為などを受けて、こうしたものも急がれることです。

日本は一つ?

 愛知県日進町での花火大会で、応援のために上げようとした福島県産の花火に、放射能をまき散らすという抗議があって、主催者側が急遽打ち上げを取りやめ、愛知県産のものに切り替えたとの報道が、論議を呼んでいます。
 このニュースを聞いたとき、なんと情けないと思ったのは私だけではないと思います。
 日本人もここまで落ちたかと、憤りを禁じ得ません。
 お盆の、京都五山の送り火の時もそうでした、犠牲となった人達への鎮魂を込めるはずだった、津波で流された松で作った薪を燃やすことを拒否した市民や、実行委員もそうでした。
 自分のことしか考えない日本人がいかに多くなったか。勇気を持って正しいと信じたことを出来る日本人がいかに少なくなったかを、これらのことで知ることが出来ます。
 「日本は一つ」「頑張ろう日本」の合い言葉がいかにも空虚に聞こえます。

敬老会

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 敬老の日の今日を中心に各地で敬老の集いが開かれています。
 だんだん高齢化してきている私たちの田舎ですが、まだ地域のつながりがあり、こうして手作りの敬老会が続いて居ます。
 今日は第二俣落という地区に招かれて行きましたが、ここに限らず今敬老年代(70才以上)を迎えた方々は、戦中戦後の大変な時代を乗り越えてきた方々です。

 今、日本は東日本大震災や、福島原発事故などで大変な時を迎えていますが、この人達が乗り切ってきた時代に比べると、まだ国内に助けられる人も力もあるだけ良いのではないかと思います。
 「頑張ろう日本」がかけ声だけでなく、本当に一つになった力を発揮すれば、間違いなく復興は早期に出来ます。
 私たちもその一助にならなければなりません。放射能汚染の危険性のないがれき処理や、福島産のものに過剰反応しているようでは、あまりにも被災地の方々が惨めではないでしょうか。