国の予算案が閣議決定されました。これまで議論を生んでいたとおり財政や経済戦略をそっちのけにして、ひたすらマニフェストで掲げたばらまきを「コンクリートから人へ」「人に優しい、命を守る予算」と取り繕って説明しています。
税収を大幅に超える国債発行や、特別会計から10兆円も引き出しての大盤振る舞い予算と言え、今後の日本の方向付けは何らされていないものと言えます。
私が町を廻っている中で、子供手当ては給食費や教科書代など、はっきり使い道の分かるものに使った方が良い、と言う意見が多く聞かれます。
お金をもらうことを当たり前にすると、人間は絶対堕落すると思っています。(継続している補助金もそうなっています)
これ程膨らませた予算組をしながら「事業仕分けショー」に見られるように将来の戦略無しで、大衆に迎合した借金を将来に積み増すだけのものです。
子供手当てや、高速道路無償化は次の年度に更に増額されなければならないはずで、無くなった埋蔵金の代わりは何で補うのか。
経済の活性化策を打ち出さずに雇用はどう創出するのか。
この予算は我が儘な国民を増やし、都市と地方の格差を拡大するものにしかならないものと言えます。
月: 2009年12月
協定調印式
北海道食品加工研究センターと別海町の連携協定調印式が開かれました。
今後別海町を中心とした地域農水産物の新製品創出と販売を推進していくことを目的にして居るもので、北海道内の第1号となるものです。
北海道各地には、新鮮で美味しい食材が豊富にあり、それがこれまでの北海道経済を支えてきたと言っても良いと思いますが、素材そのものが新鮮で美味しいが故に、そのまま出荷され地域に加工産業が育たず、雇用の機会も生まれない原因になっています。
平成4年に設立された食化研は農水産物のみならず、副産物からも製品を生み出すなど、これまで数々の加工食品とその販売ルートを開拓してきました。
全国の県立研究所の中ではトップクラスの実力を持っています。
今回はその実力を生かして豊富にある牛乳でチーズを中心とした乳酸発酵製品を生み出そうと言うことで結ばれました。
今後の活用が期待されます。
子供と餅つき
毎年恒例のお寺での餅つきがあり、少しの時間でしたが参加し一臼半ほど搗きました。
青年部主催ですが、昔取った杵柄そのもので、高齢のご婦人や年上のおじさんたちに乗っ取られてしまったような状態。
勿論私ももう青年部ではないので他人のことは言えないのですが・・・。
それでも青年部のメンバーと来た子供たちも重い杵を持って「よいしょ!」でした。
こうしてお寺に来ることを特別と思わない子供たちに、人間としてあるべき姿を教えているお経についての理解をしてもらうようにしていきたいものと考えています。
みんなでヨイショです
伝えることの難しさ
何らかの新しい施策が出された際、その施策を出した側と受ける側との理解の差が出ることが良くあります。
今回も今年の冷湿害対策の執行に当たり、現場から条件が厳しすぎて活用できないという声があって、担当職員と話したところ、要項要領の中では一応きちっと示さなければならないと言うことで示してはいるが、杓子定規だけで運用するつもりはないと言うことを伝えたつもりだと言うことでした。
これまでも経験がありますが、現場近くへ行くほど要項要領について厳しいとらえ方をして、末端では使いにくくなると言うことはままありました。
それは厳しく理解することで、上への説明が出来やすくなると言うことや、運用についての指摘を受けたくないと言うことなどの思いが働くからだと思っています。
現場ではこの事実に対してだけ不満が募ってきます。
施策を生きたものにするということが大事だし、現場にいる私達がそれをやっていくためのつなぎにならなければならないと改めて思います。
そのためにも双方の思いをしっかり聞いていかなければならないのです。
現場が大事なのです。
様変わり
例年、予算案決定前のこの時期各地から一斉に上京して、最後の復活要求などで賑わっていた議員会館ですが、ここ数年は復活はほとんど無い一発決着予算となっていたため市町村長さんたちの上京要請も減っては居ました。
私達は毎年予算の獲得や復活、着いたお礼などのために東京に集まり、その際研修なども受けながら過ごしてきました。
しかし、今年は野党に転落したことで、その様相も様変わり。
予算に関することは、民主党の方針も変わったことから、省庁に行っても上からの支持待ちと言うことで、多少の情報交換が出来る程度ですし、勿論自民党は全くタッチさせて貰えないため、道の幹部も交えて要請内容についての情報交換が主で、研修と共に、中央での動きを知って帰るということになりました。
政権交代は、私達の有り様も変えています。
地道に地域の声を集めて政策決定に繋げていかなければと改めて思いました。
不景気の風
今日は風が冷たい1日でしたが、奉仕団体と共に街頭で赤い羽共同募金をしました。
中標津の街ですから知り合いも多く何となく無理に求めているような気もして、気の毒なのですが、みんな少しずつといいながらも協力してくれました。
結果、昨年の半分でした。
まず昨年と同じスーパーの前でしたが、人の出入りが少ないことが半分で終わった原因のように思います。
一人当たりの金額も小さかったのかも知れませんが、こんな所にも不況の風が現れているのではと思いました。
それでも親が小さな子供に10円入れさせてくれるのもあり、みんなで助け合おうという心は温かい日でした。
(パチンコ屋の駐車場はいっぱいでしたが・・・)
再び教育
1年間の感謝を込めて年末の挨拶回りをしています。
「このデフレを何とかしてくれなかったら、加工屋は死んでしまう」
「今年は不漁に加えて価格安で、大きく収入が落ちた」
「自民党の置きみやげのお陰で、工事はあって助かってますよ」「・・でも来年はどうなるのでしょうね」
こんな話を聞きながらの挨拶回りです。
そんな中で「もう少し教育をしっかりしなかったら日本は大変になるよ。中国からの研修生を随分受け入れているけど、ここの新卒と比べると全然違うほどしっかりしてるよ」
偶然今回の議会で質問したことが現地でも指摘されました。
教育現場としっかり話し合って今後の対策を立てなければと思います。
法律に書いてありますか
訪日している中国副主席の天皇陛下との面会をめぐって、慣例を破って急遽決まったことに対する波紋が広がっています。
慣例では、天皇陛下との会見には、一ヶ月以上前に申し込み、調整をした上で決定し、会見するということになっていますが、今回は先月23日に突然申し込まれ、官房長官らの数度にわたる要請で宮内庁が折れて実現することになったというものです。
先に小沢幹事長が訪中し、今日は副主席が来日するということの中で、政治的に利用したのではないかという非難に対し、小沢幹事長が記者会見で
「あなた達は憲法を知っていますか?何処にこういうことが書いてありますか?天皇は内閣の助言や承認によってその行為を行う、と書いてあるのですよ」というわけです。
昔私が中学生で、反抗期だったのか先生に逆らって、「そんなこと法律に書いてないよ。」と言ったことを思い出しました。
その後教わったことは、「法律は人間社会でどうしても守らなければならない最低限のルールだ」ということでした。
そう最低限なのです。
ここに至る前には膨大な量の道徳や、良識という社会ルールがあるのです。
道端にゴミを捨てるのは本来なら常識・良識の中で守られるものですが、守らない人が多くなったからこそ条令や法律で規制しなければならなかったものです。
勝った者の奢りではないでしょうか、政治家として最高峰にある方の言葉とは思えません。
アイスバーン
昨日は雪のち雨となり、その後気温が下がって今朝起きると道路は見事なアイスバーン状態で、歩くのさえままならないほどでした。
こんな時車を運転して早朝仕事にでる人達はどんなに大変な思いをしているだろうと思ったり、交通事故だけは起こさないようにと祈ったりしています。
昨日私も北見まで船橋先生のお父さんの通夜に出向き、帰り道で、少し積もった雪に雨がかかりグザグザになったカーブでハンドルを取られ、危うく防雪柵にぶつかるか側溝に転落するかという恐ろしい目にあったので、人ごとではない思いがします。
先日中標津町で朝、農家の若い青年が横転した車から投げ出され、死亡するという痛ましい事故があったばかりです。
年末を控えて、無事故を祈るばかりです。
スケートでもすべれそうです。
本送ります
今回インドのムンバイで、学校訪問した際そこの図書館に日本を紹介した本がたった一冊、それも「芸者・富士山」が日本の代表的なものとして紹介された時代のものであったことにショックを受けたことで、「帰ったら日本や北海道を紹介した本を贈ろう」と話し合っていました。
或る大手書店の外国語の本のコーナーで、今の日本を紹介した本や、札幌市の紹介をした本、日本昔話などインドの子供たちがそれぞれのレベルに合わせて読んでくれそうなものを10数冊ほど買い込みました。
残念ながら北海道全体を紹介したものが無くこちらは山本議員が道庁から小冊子をもらって一緒に送ることにしました。
今月下旬頃、礼状と一緒に送ることにしています。
たった一校への贈り物ですが、インドでも科学技術の最先端を行くムンバイの進学校の生徒たちですから、きっといつか日本人に出会った時そのことを思い出して良い付き合いをしてくれるのではと思うのです。
ポニョや地図もあります。全部英語版です