またまた深夜議会

急に上程された「総合振興局設置条例改正案」についての本会議での質疑準備と言うことで、日中は殆ど進展が無く、会派内での態度を決めるための、期ごと会議や、その結果を持ち寄っての会派協議を繰り返した後、質問を執行理事者(道)に送り込むという作業で、日中の時間は終わりました。
 私は今回の改正は、昨年6月に議決したことの重みを踏みにじり、単に日程上の都合で簡単に議決しようとしているとしか思えず、今議会での議決には反対です。
 そのため、期限を切っての継続審議を求めましたが、少数意見と言うことで取り上げられませんでした。
 先の議決が、拙速な決定だったという「そしり」を受けながら、また同じことを繰り返すのは、愚策中の愚策と思います。このこと(継続審議として、慎重に議論を重ねるべき)に賛同しているのは、主として当該支庁の議員で、その他の議員は知事の提案してきたことを議決してやることが知事を守ることであるとか、先に延ばすことが、今後のこの条例の趣旨を実現することにプラスにはならないと言うことで、今年度中に賛成して議決しようとしています。
 本当にこんなことを繰り返していて良いのでしょうか。

ご先祖様

 私の祖母の33回忌を迎え、自宅で伯父叔母や、私の兄弟などで、ささやかに法事を営みました。
もう亡くなって33年にもなるのかという思いや、その後の変化など、法事の後の食事会では様々な話が花を咲かせました。
 私が知りたかった、北海道へ入植した正確な年や、来るに至った理由、入植した場所など、父があまり話してくれていないことや、あやふやなことなどを、みんなの話からほぼ正確にしていくことが出来ました。
 昭和2年、それまでやっていた金物屋や、その関係の商事会社等が立ち行かなくなり、最初は取引のあった朝鮮に移住しようとしたが、親戚一同に反対され、それならと北海道に渡ってきたとのこと。
 厚床から開拓軌道で中標津まで来て、開拓小屋までは、人間の背より高く茂った草原を、祖父が手を挙げて先導しながら進んでいったとのこと。入植してからのことなどは、祖母から子供の頃何度も聞かされていたのである程度知っていましたが、先祖の苦労の一端も知ることが出来ました。
 私達は、先祖の先祖のそのまた先祖から累々と続いてきた血を受け継いで今の人生を生きています。これが絶える時は、人類の絶える時でもあります。自分の子孫を残さないと言うことは人類の絶滅に向かって一歩を踏み出したと言うことではないでしょうか。

支庁制度は今

今日は比較的順調に進み、朝10時前自民党の議員総会を開き、今日の日程の説明や、「総合振興局設置条例改正案」の道側からの提出の見通しなどの説明があった後、予算特別委員会が開かれ、各分科会報告の後、時間を空けて知事総括を行い、委員会審議の中で部長答弁に納得がいかなかった件について、直接知事に5名の委員が質問しました。
質問の中では、道立衛生学院の廃止問題や、入札制度改革、再就職要項の見直し、経済・雇用対策など幅広く質疑が繰り広げられました。
午後からは、昼食の後、条例修正案の提出準備が整うまでの間、この案に対する質問の作成作業をしました。
 夕方過ぎにようやく常任委員会に入り、夕食後改正案の提出を受けて「総合企画委員会」で「北海道地域振興条例」の提案事前説明があり、その後特別委員会が開かれ、「総合振興局設置条例改正案」の説明がありました。
 9つの支庁(総合振興局)としていたものを、14の支庁に戻し、その中で他の支庁の事務も取り扱える9つの総合振興局を置こうという案で、昨年6月に可決したものに比べると一歩後退した印象は否めません。また、事務の一部を移管しようとする時には、関係市町村長の意見を聞くという条項も入り、今後の行政改革はかなり遅れる感じがします。
 結局は改革が遅れれば、「早期健全化団体」への転落が早まることになるので、地方は特別の振興策をとれなくなる可能性が高くなるのです。

三たび空転

 1日延長された今回の議会ですが、最終日になって3度目の空転をしています。
朝から、昨日出された支庁制度改革に関する最終確認事項に沿って、知事側が改正案を提出しようとしているのに対して、大きな変更を伴う条例改正案の提出についての様々な議論があり、自民・民主両会派での結論が出ないため、知事総括での委員会答弁を待っている状態が続き、動きが全く止まっています。
15時に本会議を開き、時間延長を決め、また、19時半からの議員総会の後、20時から再び本会議を開いて1日間の会期延長を決めて散会としました。
 しかし私達は、予算特別委員会で、昨日までの委員会審議で部長に聞いて納得のいかなかったことについて知事に質問する「知事総括」が残っているので、このブログを書きながら待機している状態です。
 今は、民主党が質疑に入る準備が出来るのを待っているところで、再開はまだしばらくかかりそうです。
 このままだと今夜は12時を過ぎるのではと思います。

支庁制度

 昨年議決した「総合振興局設置条例」について、知事と地方4団体との24日の会合の結果、9としていた支庁の数を元の14に戻して、支庁として同列に扱うこととすること。
 その上で、広域的事務を9の総合振興局に集約して一体的に担えるようにする条文を入れること。集約する機能について協議するために、当該市町村長に意見を聞くことを条例に明記することなど、ほぼ全面的に受け入れた最終確認事項に沿った道の方針が示されました。
 この説明や、会派の協議などが行われ、その後その議論に沿った質問が予算委員会第1分科会で繰り広げられました。
 議論の中心は最終合意と言いながら次々とハードルを上げてくる町村会を含めた、地方4団体の言うことを丸飲みにしたまとめについて、議会議決の重みについてや、昨年からの経過、協議の場を設けることを条例にまで入れることの是非、等について各会派が質疑を繰り広げました。
 改革の方向性は変えないことや、合意を得ることではなく、あくまで意見を聞くことなどが答弁されましたが、道や、町村会に対する不信感が強く、議論は平行線が多かったように思いました。
この議論が始まったのは午後4時だったため、終わりは午後9時半になりました。
明日はどうなるのでしょうか。

質問に立ちました。

 今日の予算特別委員会で、知事政策部と、総務部に質問に立ちました。
 知事政策部には、21年度に企画振興部と統合した「総合政策部」になることをふまえて、新設されてからの5年間の総括や、北海道経済への対応、支庁制度改革に果たした役割などの他、東京オリンピック誘致への協力や、競技力向上、ジュニア世代の育成、子供たちのスポーツ振興などについても質問しましたが、大人がスポーツを楽しむ雰囲気ができなければ、子供たちのスポーツ振興にもならないことを指摘しました。
 総務部には、総務業務一元化について質問しました。答弁では、道は一定の準備期間の後、「業務効率化センター(仮称)」に集約するという案を公表しました。私は、時期を明示して、早期に実現し、一層の効率化を進めるべきと指摘しました。
 このほか試験研究機関の独立行政法人化について、現場の研究者が懸念していることを中心に質問し、制度設計の中で生かしていくことの答弁を得ました。優秀な研究者を確保し、研究を進める体制を作ることが大切と思っています。

予算委員会開始

 先日設置された予算特別委員会での質疑が開始されました。今日は、公安委員会と、保健福祉委員会への質問でした。徘徊高齢者SOSネットワークについて、何処ででも受付が出来ることや、グループホームなど行方不明を知った者からもいつでも捜索の届け出を出来て、早期発見に役立てることが出来るとのことでした。地域の福祉事務所や、市町村にも連絡体制などを周知徹底して、全道的に機能できる体制を構築できるようにしたいとのことでした。このほか、ナースセンターへの看護師の確保、聴覚障害不正問題、腎移植について意思表示カード等の簡易な確認方法、介護保険、道立子供総合医療療育センターについて、介護職員の人材確保について、地域活動支援センターについて、生活保護について等についての質問がありました。

将来不安と景気

 アメリカ発の同時世界不況が、一番影響の少ないと思われていた日本にもむしろ大きすぎるほどの影響を与えています。金融破綻に端を発した不況ですから、当初はヨーロッパの方が影響が大きいと思われていましたが、日本の方が大きいのは、日本の経済構造が輸出依存体質であるのに比べ、ヨーロッパは内需が中心なことに加え、社会保障が整備されているため、国民の消費が極端に落ち込まなかったこともあると思います。高率の消費税を負担する代わりに、ゆりかごから墓場までと言われる社会保障が充実しています。
 翻って日本では、年金制度はあるものの、年金では不安のある医療や、老後に備えてお金を使わない傾向が強まっています。
 今一番蓄えを持って使わないのは65才以上の皆さんと言われ、社会の蓄えの半分以上とも言われます。
 この不安を取り除かなければなかなか景気向上は出来ないのではと思います。

春の風

 久しぶりに日程の入っていない休みでしたので、女房とドライブに出かけました。何処へとも当てのないドライブでしたが、美幌にあったインド料理の店に行ってみたくなって峠を越えて行ってみました。美幌でいくら探しても見当たらないと、コンビニで聞くと北見に移転したとのこと。再び北見まで行って、今度は国道を行ったり来たり探し、また近くで聞いてようやくたどり着いた始末。恋人に会いに行ったような気分でした。あの「ナン」と、「サフランチャーハン」が美味しくはるばる来た甲斐があったと思いました。
吹く風はまだ冷たいのですが、美幌峠から見た屈斜路湖は半分氷が溶け、ネコヤナギも白い花がぷっくりと膨らんでいます。
空気の色も春めいてきています。
北海道にも早く春が来るようにしたいものです。

お彼岸

 朝、牛舎作業を急いで片付けて、お寺に行きました。お彼岸の中日と言うことで、10時半からお彼岸法要が始まり、皆でお経を読んでご先祖様の供養をしました。
 先日の新聞に、「通夜の時のお坊さんの説教は要らない」との投書が載っていましたが、通夜や、葬儀の法要は、亡くなった方を偲び送るだけでなく、死を通して改めて人生を考え、人の生き方をも考える時でもあると思います。
 ただ聞いているだけでは、何をぶつぶつ言っているのか解らないことでしょうが、お経の8割は生きている人のための教えだと言われています。
 どの宗教でも、生きるとは、死とは、人生とは、守るべきことは、等を徹底して追求した集大成として今に伝えられているのです。
 個人主義や、利得主義に固まった現代だからこそ改めて先人の知恵が詰まったお経や聖書に触れる機会が必要なのではないでしょうか。