今日は盂蘭盆会の日で、各お寺では信者が集まって法要を行いました。
私達は普段余り宗教を意識せずに過ごしています。
仏教などは、特定の集団以外は、人が亡くなった時、お葬式をする団体くらいにしか思っていないのが現実でしょう。そもそも仏教は何から発したかを考えると、生とは何か、死とは何か、何故生きるのかなど根本的な人生の悩みからその答えを見つけようともがいた結果生まれたものではないでしょうか。
だからこそ訳の分からないようにしか聞こえないお経は、その殆どが亡くなった人ではなく、生きている人への教えとなっています。
例えば、般若心経は自然の中での人の存在を、修証義では人の有り様を教えています。
今そのことを語られる機会は少ないと思いますが、もう少し子供の頃からそうしたものに触れる機会が多くなれば、いじめや自殺は少なくなるのではと思います。
盂蘭盆に想う
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