ゆめを形に

 何かのコマーシャルのようですが、昨夜様々な夢を持っている人達と、一緒に会食をする機会がありました。彼らは、なかなか浮揚感のでない景気を嘆くことなしに、漁業や、観光や、新産業創出などに多くの夢を持って、それを実現しようと行動しています。漁業と農業の連携にもこれまでの団体間で実現できていないことをしたいと考えていたり、素材産業になっている管内の農漁業生産を製品産業にしたいと考えたりしています。これまでもこうしたゆめを語る人や、グループはありましたし、その中のいくつかは実現してきましたが、なかなかそれを実現に持っていく熱意と、行動力と、仲間を持っている人は少ないのですが、この4町には、今中堅を担う若い人達が多く、この人達が力を合わせれば必ず新しい地域作りが出来ると信じています。夢を形に出来るかは、私も含めて今後の努力次第と言えます。

別海町総合共進会

朝は、寒い雨が降り開催が危ぶまれた共進会でしたが、関係者の熱意が通じて雨も上がり、昼近くには暖かくもなって、町内5農協から120頭の乳牛が集まった共進会が盛大に開始されました。酪農は生産と消費のバランスが崩れ、10年ぶりの生産調整を余儀なくされており、それも人口減少、少子化など社会構造的要因も含んでいるため、以前とは違った状況にあります。こんな時ですから、酪農家は経営コストの総点検をし、より効率的な、足腰の強い経営を目指そうとしています。その基礎となるのが乳牛で、このような機会に今後残すべき牛のイメージをしっかり焼き付けておくのも大事なことでしょう。別海高校酪農科の生徒も全員参加し、ジャッジングをしながら勉強をしていましたし、周辺の町からも熱心な酪農家が集まっていました。
   

審査に当たる福島さんと観客         最終審査

地域主権型社会

 道州制等特別委員会が開かれ、その中で、今年3月にまとめられた「地域主権型社会のモデル構想」(案)が説明されました。今後、道州制、支庁再編、基礎自治体(市町村)再編などを通じて、より住民に近いところで行政の多くの部分が行われるようにしていこうとするものです。この中では、○市町村・道・国の役割、○市町村・道の権限、○市町村・道の財政制度、○市町村・道の組織、○地域コミュニティや自治組織などの考え方を示して、今後の議論のたたき台にしていこうとしています。道州制は、今まさに国会で法案作成作業のまっただ中であり、市町村再編も、各市町村の意見聞き取りの後、6月上旬にも開かれる合併推進審議会にその合併構想の原案を示す予定となっており、支庁再編についてもすでに示されている構想案について平成20年からの実施に向けて議論の最中であることなど、今後様々な場面での議論が沸騰することになります。住民の意思を汲みつつも、今後を見通した、間違いのない判断をしていかなければならないと思っています。
  

(道庁前の木蓮と桜が満開となりました)

政策研究会

 今日明日と、一斉委員会が開かれ、今日は常任委員会がありました。私の所属する水産林務委員会は、先日までにあった行事の報告と、全国、全道植樹祭参加の件、ロシア200海里水域内の鮭・ます流し網漁業交渉の経過報告などがありました。これらの委員会終了後、3時から、政策審議会で、政策研究会が開かれ、医療制度改革についてと、団塊の世代を対象とした移住対策の促進について、勉強会をしました。特に、医療制度改革は、増え続ける医療費を抑えるために、特に社会的入院の多い「療養病床」の再編成を行い、医療の必要性が必ずしも高くない患者を、老健施設や、居住系サービスの利用に移して、介護保険で看ることにしようというのが、大きな変更で、この他、70歳以上で現役並みの所得の高齢者の負担を3割に引き上げることや、いわゆるホテルコスト(食費や、居住費)高額療養費の負担限度の報酬総額に見合った水準への引き上げなど、何れも低所得者への配慮をしながら見直していこうというものです。核家族化、少子高齢化、夫婦共働きなどの進んできている現状の中で、こうした医療改革や、在宅介護をどう進めるか、多くの問題点が出てきて、しばし議論となりました。今後の一層の研究が必要です。

波紋

 議員になって3年過ぎ、道議会議員の存在について考えさせられる場面に出会うことも多くなりました。自分にとっては、決して道議というのは、特別な存在ではなく、あくまでも皆さんの、行政に対する様々な願いを、大所高所から判断しながら道政というところで実現していくものだと思ってこれまでやってきました。常に皆さんと同じ目線で、現場主義をモットーとしてきたつもりですが、それが時には行政を飛び越えている印象を持たれたり、誤解を受けて、その説明に多くの時間を必要としたりすることにもなります。要するに、配慮や、気配りが足りないことから来るもので、私の軽率さが原因のことも多いとは思います。一つの発言や、行動が、人に当たって跳ね返る時、思わぬ波紋となって広がることに、戸惑いも感じます。反発や、戦う気持ちは、時に大きなエネルギーとなりますが、譲り合って一つにまとまろうとする力の方がずっと大きな力になると思っていますので、八方美人と言われながらでも、そうする努力を続けていきたいと思いますので、暖かいご理解を御願いします。

知床横断道路開通

 5月2日開通予定だった知床横断道路は、直前の吹雪のため延期となり、道路関係者の努力もあって、今日ようやく開通できました。知床は、春とはいえ、まだいつもの年に比べて雪も多く、また寒い日が多いため、また何時通行止めになるか解りませんが、この開通は、羅臼町や、その周辺地域にとっては今年の観光シーズンの幕開けを告げるものとして大きな意味を持っています。開通期間の延長を求められていますが、雪崩などからの安全確保や、世界遺産と言う特別保護地域の道路ということで、融雪剤も使えず難しいものがあります。横断道路の通れない時期の観光のあり方についても、研究しなければならないと思います。
     
(まだ雪に埋もれているスノーシェルター)          (冬景色の春の羅臼岳)

高波被害の懇談会

 昨年暮れと、今年初め相次いで高波被害にあった羅臼町の一地区で、被害に関する懇談会を開いてくれ、その様子などを聴いてきました。今回の被害は特に根室北部に集中しており、標津町北部から、羅臼町の海岸が特に大きな被害を受けています。一月時点で、町、漁協・土木現業所などが被害調査をして、110件余りの被害が掌握されていましたが、雪が解けなければ解らないところも多く、最近になって人の住まない半島奥部の番屋や、各所の海岸などで、被害の広がりが判明してきたものです。10年ぶりの大被害で、ようやく事業も順調になってきたところをやられた人や、昆布の乾燥小屋と乾燥機など、多大な被害のため今年の漁を休まざるを得ない人など、普段災害保険に入れない小規模の弱い方も多く、今後の安全対策や、復旧対策に、羅臼町と協議しながら、道や国に対応を求めていかなければならないと思っています。
    

住宅ぎりぎりまで浸食              破壊された乾燥小屋

こどもの日

 三日続けて祝祭日の話となります。今日は端午の節句ですが、戦後男女平等の思想が導入されて、子供の健全な成長を願う日として「こどもの日」とされました。今、少子化が深刻な社会問題となっています。子供を何人持つかは、勿論他人の介入することではありませんが、人口減少というかつて無い状況の中で、親によって育てられた子供が、その親を見るという伝統的な日本社会の支え合いの構図が崩れていくことに、危機感と、新しい方策への転換が求められています。年金や。健康保険と言った、支え合いの制度は、収支のバランスが年々悪化していき、福祉の後退とか、弱者切り捨てと言われながら、年金負担や、保険料引き上げ、そして医療費の一部自己負担増がなされていくのも、ここにその原因の多くがあります。また、少ない子供を、大事に育てすぎた弊害も、自己中心的な考えや、行動、精神的な弱さ、ハングリー精神の喪失などにあらわれ、これからの社会に対する不安となっています。目の前の利益だけでなく、将来を見通した政治が必要とされている時と思います。

国民の休日

 3日と5日の祝日に挟まれた今日は、国民の休日です。ネットで調べると、定められたのが1985年で、今年で20回目となりますが、おもしろいことに毎年「国民の休日」とはならないことです。3日が日曜日の時は、「振り替え休日」、この日が日曜日の時は単に「日曜日」といわれます。要するに3連休にするための休日です。と言うわけで、私も素直に休日として、清里町にある「パパスランド」という温泉につかりに行って来ました。パークゴルフを18ホールして、ゆっくり温泉につかり、食堂が混んでいたので休憩室でめいめいが、昼寝をしながら食事の出来るのを待ってと、ゆっくりとした至福の時を過ごしました。午前中は雲をかぶっていた斜里岳もすっきりと青空に映えていて、とても美しい眺めでした。
   

まだ氷の残る春の裏摩周        清里から見た斜里岳(やはりこちらからが美形)

憲法記念日と道徳

 今日は、憲法が施行された日を記念する「憲法記念日」と言うことは誰でも知っていると思います。昨年から、自主憲法を制定しようという、改憲論議が盛んになり、自民党は、新憲法草案を作って、国会にかけることにしています。憲法は全ての法律の基本をなすものですが、私たちは普段これをそう意識せずに暮らしています。憲法に沿って、様々な法律を作り、社会や人々の暮らしがスム−ズに出来るようにしていくのが政治です。しかし、法律は最低限の社会規範だという言い方があるように、その前に人間として守るべきことは沢山あります。それが道徳という、人間としての良識ではないでしょうか。
今日、何時も中標津へ行く道の途中に余りにも空き缶が目立つので、拾ってきました。午後からおよそ2時間かかって400メートル程の区間を、空き缶、ペットボトル、その他のゴミに分けて拾いましたが、肥料の袋に11個いっぱいになりました。車の窓から放り投げるのでしょうが、買い物袋に詰めた空き瓶、紙おむつまであって、そこら中に散乱している空き缶、ペットボトルと共にみっともないことこの上ない状態です。憲法論議をする前に、社会道徳を徹底して考えるべきではないでしょうか?どんな立派な憲法があっても、このような国が、外国から尊敬される国になれるとは思えません。
    

   散乱する空き缶             側溝にもゴミが・・