核の魔力

 北朝鮮が、遂に核実験に踏み切ったというニュースが駆けめぐった。以前から、国際的孤独を保ちながら、上手に世界の国々を操ってきた、この国のしたたかさを苦々しく思いながら、外交とはこのようにあるものだとも思っていました。決してやっていることが正しいことではないし、今の北朝鮮は、あの第二次大戦前の日本にとてもよく似ているようにも思っています。世界の中で孤立し、自国の繁栄を図るために、ひたすら国論の統一のため、金正日という、当時の天皇に匹敵する絶対的存在を作り、情報管理をして、世界に立ち向かい、それが経済制裁を産み、また自国を守るという思想のもと、軍縮条約から脱退して海軍力を増強し、大陸進出をしていった。それが日本という国と国民を守るすべだと正当化し、信じて突き進んだ結果が、あの戦争で、何百万人もの犠牲者を出すことになった(今でもそれが正しかったという人もいますが・・・)そんな状況によく似ているのではと思います。
 取引の材料として使うのでしょうが、いくつもの国が持っているものを北朝鮮がもって何が悪いというのがこのことを正当化する理由でしょう。それが戦争の抑止力になると信じられた時代は既に過ぎています。どの国も核を持つのは、もし我が国に核爆弾を使ったら、いつでも核によって反撃するぞと言う抑止力として使うとしているが、今では先制して核を使った国は、世界から非難を受け抹殺されるという国際情勢にあると言うことを知るべきだと思います。

暴風雨災害

昨日から吹き荒れていた風雨は、夜のうちに強まり、根室管内も多くの被害が出ています。我が家でもシンボルツリーのようにしていたニレの木が、根こそぎ倒れ、川の水も育成牛舎の10メートルほどのところまで増水してきましたが特に被害は出ずに済みました。しかし、飼料用のデントコーンは、漸く実が入ってきたと喜んでいたのに、畑に行ってみると力が抜けるほど徹底的に倒伏していました。
   


(倒伏した木)                   (倒伏してしまったデントコーン)
今日は、朝から土木現業所中標津出張所に出向き、管内の状況を聞き取ったあと、別海町役場に行き、町内の被害や避難の状況を聞き、浸水で避難をしている本別海の地域センターに行き、皆さんを激励。しかし同じく避難センターに入っている走古丹地区には、途中が通行止めのため行けず、床丹を見たあとそこから避難している人のいる、尾岱沼のきらくる地域センターに寄って激励、標津町役場によって、標津町の状況を聞き取りました。大きな災害にはなっていず、避難している人もいないのですが、床下浸水しているところはあるとのことでした。
 午後は、議会報告と、来年に向かう姿勢を伝えるため、地元の報道三社の記者と懇談したあと、中標津町役場と、羅臼町役場に寄って状況を聞き取りました。中標津は風倒木が多いと言うことですが、牛舎のトタンが飛ばされたところが4件ほどの他は水害などの報告はないようでした。4時半頃訪れた羅臼は、まだ町長を始め、役場職員の多くが残って、情報収集や伝達、緊急対応などに当たっていました。道路や、海岸など波による被害が出ているようですが、まだ波が高く、近寄れないため詳細は後ほどと言うことでした。安心して暮らし、生産に当たれる地域作りのため、かなり頑張らなければならないと思った1日でした。
  
(高潮で流されてきた鮭タンク)        (まだ越波している薫別漁港)

ブラックアンドホワイトショー

 朝8時半、荒れ模様の天気の中で、心配しながら丘珠に着くと、今日は天候調査もなく若干の遅れで飛ぶとのことで、ほっとしました。途中では、少し揺れもしましたが、先日、横風が強くてどきどきしながら降りた時と比べて少しは揺れが少なかったかと言うぐらいでしたが、風雨の強い中、一度も失敗しないで着陸させる操縦士はすごい(失敗したら終わりですが)と思いながら中標津空港を出て事務所に寄ったあと、すぐに計根別で開かれている(はず)ブラックアンドホワイトショーに向かいました。こんな雨の中でやっているのだろうか?と思いながら会場に行くと、牛も人もふるえながら頑張って、開催していました。先日の北海道ホルスタイン共進会では、この仲間から、ジュニアの準チャンピオンが出ています。「ブラックアンドホワイトショー」とは、言葉通り、牛の黒と白の色を表し、その機能美や、乳牛らしさなどを比較して競うものです。春と秋の季節の変わり目の、農作業の少ない時期を選んで開いていますが、今日は条件が悪すぎたようです。それでも、審査員を務めてくれている恵庭市の福屋氏の都合が今日しかないと言うことで、風雨の悪条件の中ですが、開催したようです。それでも100頭ほどの参加で、若い人達が頑張っている姿に、酪農の将来の明るさを見た気がしました。別海でも開かれていると言うことで、昼近く別海の市場に駆けつけると、ここでは屋根の下でしたが、矢張り寒い中それぞれの牧場の選りすぐりの牛をもって集まっていました。一つ一つの積み重ねが必ず実る時が来ます。

議会が終わりました

 9月12日から開かれていた第3回定例会が今日最終日となり、54件の条例案や、承認案件は全て可決されました。また、9件の意見案のうち、
「地方自治体財政の充実強化を求める意見書」
「食の安全・安心確保に関する意見書」
「難病医療費適用範囲見直しに関する意見書」
「ドクターヘリ全国配備の新法制定を求める意見書」
「私学助成制度に係わる財源措置の充実強化に関する意見書」が採択され、国会に提出されることになりました。
 今回の議会は、前にも書いたように、自治体財政の問題がクローズアップされたり、銃撃による死亡者のでた拿捕事件で、改めて北方領土問題と、ロシアの関係が見直されたりした議会でした。私の質問した雇用の問題でも、民主党が知事の言う2万9千人の達成はおかしいと、昨日の委員会で質問があったそうですが、着実に改善してきているのは事実で、それが誰のおかげなどと仕分けをする方がおかしいのです。知事や、与党の自民党は、常に道民がどうやって活き活きと頑張っていく場を作るかに、真剣に取り組んでいます。なかなか思うようにいかないのは事実ですが、それを担当していない方が、外から批判をするのは勝手で、それなら、あなたならどうしますかと、問い返したいものです。道民の皆さんだけには、そのことを理解して欲しいと思っています。そんなことを今日の朝8時半頃札幌の駅前で街頭演説をして訴えました。結構朝7時半から、朝食勉強会を開いたり、街頭行動をしたりして頑張っているんですよ。

認定子ども園

今日は、明日の議会最終日に向かって、各委員会に付託されている条例案や、負担金の承認案について委員会審議がされました。私の属している水産林務委員会では、水産基盤整備事業や、林道事業に伴う地方公共団体の負担金に関する件の承認案が出され、特に問題とするところはないと言うことで、全会一致で承認し、明日の本会議にかけられることになりました。また、道州制問題等特別委員会では、市町村合併に関して、「調停委員会の求めに応じて出頭した関係者に対する旅費等の支払いに関する条例」(長いですね)について審議、共産党委員から、これが市町村合併を強制する手段の一つになるのではと言う質問がされましたが、単に、旅費を払うための条例だと言うことで、これも全会一致で承認されました。青少年・少子対策特別委員会が、ずいぶんと長引いたと思ったら、北海道認定子ども園の認定に関する条例案の審査で、多くの質問が出たと言うことです。
 
認定子ども園とは、これまでの、幼稚園、保育所、幼保連携方、どちらにも属さない地方裁量型などを、新しい「認定子ども園」として、幼稚園の持っていた幼児教育機能と、保育園の子供を預かる機能を統合して、就学前の全ての子どもに、幼児教育・保育を提供することと、地域における子育て支援することを目的として都道府県の認定で設置するものです。これまで、幼稚園は、学校法人として文科省から助成、保育所は施設整備費を厚生労働省から助成と別れていましたが、今後は相互に助成が出来ることにもなります。
 議論になった問題点は、父母の負担についてで、低所得家庭の負担がどうなるか、はっきりしないと言うことのようです。お金がかかるから、これまでは保育所に入れていたものが、認定子ども園には入れなくなった、と言うことのないように、制度開始以降実態を見つめていきたいと思います。

正論

 何が正論かは、後世の歴史が決めることではありますが、最近気になることがいくつかあります。その一つは、この頃の、青少年のあり方のことです。私たちの育った時代、いわゆる団塊の世代が、アメリカ型の自由を求め、私たちの育てられたこれまでの社会的常識を時代に合わない古いものとして、徹底的に壊してきました。この時は、これが正論だと思っていました。しかし、その後の急激なコンピューターの普及で、私たちが考えていた以上に社会的な横の連携が崩れ、個人主義的な風潮が拡大し、精神的な支柱であった伝統的宗教も、社会的ルールになっていた「人に迷惑をかけてはいけない」と言ったような最低限の常識も、失ってしまいました。経済成長に伴って、右肩上がりが永久に続くかのような勘違いをして、「金儲けをしてどこが悪い」と堂々と言えるトップランナーを作り出しもしました。自分の好き勝手をすることが自由だと勘違いもして、我慢しながら子育てを出来ない親も作り出してきました。安倍政権は、そのことに気づいて、「美しい国造り」を掲げているのでしょうが、それを学校教育に求めようとしても、そういう常識を持たない教師の占める学校にお任せでは無理があります。どうやって社会運動に拡大できるかにかかっていると思います。ある意味、社会崩壊の瀬戸際にある人口減少の進む地方に残っている若い人に、失われた社会的な良さを引き継いでいる人が多いと感じます。自分達が連携してやるしかないからです。一極集中を改めて、地方の振興をはかることは、このような意味でも、重要なことと早く気付いて欲しいものです。

秋本番

今日は、たまたま別海町に赴いたところ、参議院議員の段本幸男氏が見えていると言うことで、急遽その集会に入らせて頂いて、挨拶までさせて頂きました。段本氏は、土地改良連の推薦で参議を努めている、農業に理解の深い方で、今日も、国政報告の中で、変革期にある農業の今と、将来について、解りやすく話されていました。特に、土地改良とつながりの深い建設業も、この地方は大変だろうが、知恵を働かせて、地域についての提案をしてきて欲しいと言われました。私ども、政治に関わるものは、それをどう後押しするかが役目です。北海道で解決できないものは、段本先生のような、農業関係の肩の力を戴いて、実現して行かねばと思ったことです。このあと、別海町商工会に行って、局長と話したあと、ちょうど会議中だった女性部の三役の方々と30分ほど色々な話題について話をしました。これも予定外で、普段ゆっくり話せない方と会えたことは、とてもラッキーでした。
 帰りに農家に一件よっての途中、ミツバチの箱がふたを閉じて、二段に積み重ねて、南へ旅立つ準備をしてあるのを見つけました。ああいよいよ秋本番、と言うよりもうすぐ冬になるのだと、何か寂しくなりました。

ラジオ体操と競馬2題

朝、中標津で1000万人ラジオ体操会の催しがあり、参加しました。始めて、みんなの体操をし、また久し振りに第2体操までしましたが、忘れていたり、普段動かさない筋肉を使ったりで、たかが体操ですが、終わってから少し筋肉の痛いのは、情けないものです。健康こそ活力の元、そして継続は力、長年先頭に立ってこられた杉本さんが、北海道ラジオ体操連盟の表彰を受けられた事に、深い敬意を表したいと思います。
 今日の夕方、ばんえい競馬の「岩見沢記念」レースで、高橋知事が北海道知事賞を授与しました。知事として初めてで、道民の皆さんに、世界で唯一、北海道に根付いた馬文化でもある「ばんえい競馬」の迫力に関心を持って頂きたいとの意図を持ってのことです。先輩議員の働きかけや、私の一般質問での訴えに答えてくれたもので、知事自身北海道競馬と共に、ばんえい競馬に代表される馬文化を残したいという気持ちの表れです。
 もう一つ、ラジオを聞いていたら、中央札幌競馬の、第12レース(釧路湿原特別と言っていました)で、北海道競馬所属のオフィシャルという馬が、13番ゲートから出走し、最終コーナーを回った後、先行していた中央競馬所属の有力馬5頭を大外から一気に抜き去って優勝しました。コスモバルクは、特別ですが、北海道競馬には中央に勝てる馬がまだまだいることに、嬉しくなりました。こうしてどんどん北海道競馬から、中央に挑む馬が出て行けば、今以上に北海道競馬の魅力も増してきます。一説では、今の2歳馬は、中央より、北海道競馬所属の方が強いとも言われます。今後が楽しみです。

パイロットフォレスト50年

 戦後、度重なる山火事で焼け野原になっていた、厚岸町のベカンベウシ湿原の上流の、1万700ヘクタールを、森林に再生しようと昭和31年、農業のパイロットファームに倣って、パイロットフォレストと名付けて、大々的に植林を始めて今年が50周年と言うことで、今日記念式典と育樹祭が開かれました。始めて、パイロットフォレストに行きましたが、かつては原野だったというところが、豊かなカラ松林になっていました。50年経って、そろそろカラ松が伐期に入ってきているので、後継樹として、エゾマツや、とど松をその間に植えて、複相林として育てていました。今日は、その植えたとど松が、密稙してあったために、強弱が出来ていて、伸びの悪い木を間引く作業の一部を約250名の参加者全員で23の班に分けて行いました。こうして、荒れ地を森に作り替えようという作業は、その後、20年くらい続きましたが、整備するところがなくなってきたことと、国内の木材価格が輸入材に押されて安くて、手入れする費用も出なくなったため下火になってしまっています。今では植えられる面積は、当時の数%になっていて、これから50年後には、木が贅沢品になるほど不足することになると言う予測もあります。今からでも、伐ったところは100%植えていけるようにしておかなければ、後世に憂いを残すことになります。



記念植樹をしました            望楼前で小松道議と

さらなる発展

議員としての、次の目標は、「地域のさらなる発展を目指して」です。これは、首長なら、公約に当たるものですが、議員は執行権がないので、公約をすることが出来ず、目標とするものです。地域の様々なことについて、満遍なく目を配りながら、よりよい地域作りに力を尽くすのが役目と思っています。これまでの地域の発展は、自助努力と、多くの外からの助力によって成し遂げられてきました。本当に苦しい時期に、助けてくれた政治家がいて、日本の経済成長の余力を運んでくれましたが、時代は大きく変わって、人口減少、超高齢化、多額の負債償還のための財政支出抑制などから、これまで以上に地域社会の自立が求められる時代となってきます。
 地域社会の自立とは、「政策的自立」「財政的自立」で、今の一極集中的なものから、地方分権における権限と財源の移譲があって初めて成り立つものです。その入り口が、北海道が進めようとしている「道州制」による地方分権ですが、その前提は、補助金でしか成り立たないものの多い産業政策の決定権とその財源移譲にあると思っています。その財源は、当然北海道での税収では足りなく、全国的に集中した税の再配分も含まれなければなりません。その上で、経済的・文化的自立をしていくことを、560万道民が一丸となって成し遂げていかなければ、何時までも本州に寄りかかった北海道と言われてしまいます。経済的・文化的な自立をするためには、地域の活力が維持できていることで、嘆いていては決して出来ません。わたしたちは、自立に必要な、医療・産業・情報・教育・文化・国際交流などをどう充実、発展させていくか、長期的な視点で今をどう変えていくかに、北海道の知恵の全てを注いでいかなければと思っています。(長くなりました)