政治とは?

 今日は、1日事務所で来客に対応していました。今年、私が交礼会などで発言したことに反発があるという話もありました。それは、「これまでの北海道では、代議士や、知事の主要な役目は、国からどうやって予算を多く確保してくるかで、それはこれまでの北海道では必要ではあったけれど、それが北海道の自立を後らせた側面もある。これからは、どうやって自立をしていくか、それが道州制の目指すところでもある」という下りです。特定の議員を批判していると受け取られているのでしょうか。それとも私の認識が間違っているのでしょうか。地方は、景気が悪いということで、公共事業の増加を、以前程にはならないと思いながら期待しています。私は、政府や、中央、北海道などがこれからどういう方向に行こうとしているかを、出来るだけ早く皆さんに伝えて今後の対応を早めて欲しいと思っています。勿論地元の様々な課題についても、出来るだけ早く解決するよう努力もしているつもりです。予算も持ってきたいと思いますが、シーリングの中で思うようにはいきません。自分を選んでくれた地域の人達の生活を向上させるのが、政治家の役目と、これまで3年間走ってきたつもりです。なんだか良く解らない、道州制を促進する質問をし、地元で説明しようとしている私は、高橋知事の代弁者に過ぎないのでしょうか。本当の政治とは何でしょうか?

青年部

 第58回JA中標津青年部総会が開かれました。農協は、私と同じ歳で、青年部も、それから1年経って結成されているので、設立も含めた総会数は、私の歳と同じになります。設立の最初は、協同組合精神そのものの活動で、生産された雑穀などの、等級を上げるために、部員が「とうみ」をもって農家を回り、精選し直す活動などをしたと聞きました。私が役員をしたのは、30周年頃で、その頃は、第一次石油危機の時のインフレや、経営危機、生産調整などが相次いで襲い、青年部活動もこれからの時代を詠み、どう対応するかの勉強会を主に活動をしました。その後、消費拡大を中心に、イベント参加や、手伝いの活動が多くなり、青年部活動も変質してきました。今の青年部は、イベントを整理し、各部会を盟友の分担により自主性を大事にしながら仲間作りと、勉強会を中心に、ITの研修もするといった地に足の着いた活動をしており、次の時代を担う青年達が、世間でいうような何を考えているのか解らないといったものでなく、しっかりと自分の農業経営をしようとしていることに、頼もしさを感じます。

どうする酪農試験場

 農試を訪問、研究部長と色々懇談できました。酪農は今、牛乳の過剰が深刻な状態となり、生産調整や、消費拡大に真剣に取り組んでいます。投資をしたばかりの農場には現状維持か、若干の増産をさせる(Aタイプ)ためにとも保証の形で、10%の減産をする酪農家を募集しましたが、減産型(Bタイプ)を選択した農家が、目標の30%にならず、Aタイプも1.9%の減産をしなければならなくなりました。どちらのタイプを選んでも、収入は減となるので、コスト削減に一層取り組まなければなりません。その大きなポイントが、購入飼料費の削減で、逆に言えば、自給飼料をもっと内容の濃いものにすることです。この地域では、作付の限界地域である、トウモロコシをどう安定して作れるようにするか大きな課題です。この他、スラリーの臭い問題、パーラー処理廃水などについても懇談できました。根釧農試では、研究員が積極的に現場へ出て、実地研究をしており、地域課題の解決に取り組んでいます。私たちも、出来るだけ農試へ出かけ現場の声を届けたいと思います。

鯉のぼり

 鯉のぼりが泳ぐ時期になりました。少子化といわれる時代ですが、鯉のぼりが泳いでいるのを見ると、私の家の昔を思い出します。子供達が賑やかに走り回る家は、何時の時代でも良いものです。今日自宅を訪れた方と話をしていて、移住促進の話になりました。人口を増やしたいという気持ちや、家を建てることで、建築需要が出てくる期待などがあるのは解るけれど、10年後の地域の負担を考えた時、所得税の入らない人口を増やすのが良いのだろうか疑問に思うというものです。そうして、例えば無料で土地を与えるぐらいなら、子供が生まれたら100万円贈るといった施策の方が、ずっと長い間地域に貢献するのではないかといいます。学校の生徒が減り、統廃合に悩むことも減るだろうし、人材を作り出すことも出来るというものです。この地域は、まだ子供の数は多い方ですが、何事も便利な都会では、本当に出生率が低くなっています。税金はその人の出生地がいただくことにしてはいかがでしょうか。          

風がないので休んでいる鯉のぼりです

臨時道州制問題等調査特別委員会

 12日国の自民党道州制調査会で、北海道道州制特区推進法(仮称)の基本的考え方(検討修正素案)が出され、これまで北海道が受け入れられないとしていた財源措置や、特例見直しなどの事項について、ほぼ盛り込まれて出されてきたことで、高橋知事が受入を表明したことから、その内容や、今後のことについて協議するため、緊急の特別委員会が開かれました。4月6日の臨時議会で採択した意見書では、地方分権の明示、財源の一括交付金化、北海道特例の維持などを求めていましたが、一括交付金化はならなかったものの、補助事業の特例分のみ交付金化との言い方はなくなり、事項別の全額交付金化とされました。今日の委員会では、私も自民党会派を代表する形で質問に立ち、財政措置・職員の受入と人件費・北海道特例・行政改革・道民に対するコンセンサス・今後の道の取組などについて道の考えを質しました。今後法案化される段階で、細かいところがどうなるか注視が必要ですが、北海道としては、第2段階の権限移譲申し入れで、真価が問われると思っています。今後、自立に向けて、北海道内部でも、地域の個性や、許認可のスピードアップを目指す分権推進体制を整えなければならないと思います。

過大な課題

 洒落ている場合ではないのですが、私たち根室管内にも、多くの重要課題があります。医療連携の難しさ、観光の振興、農業の振興、町村合併、漁業の全体的発展・振興等々、そして、高校教育のあり方検討に伴う、小規模校の扱いも問題です。今日は、ある町長さんのところに御邪魔し、そんな課題について少し長い時間話し合うことが出来ました。それぞれの悩みもあり、財政の厳しくなる中で、私のような議員と違って、実際行政を担当して舵取りをしている町長さんは、本当に今大変だと思います。こんな状態だと今に、町長選挙に出てくる人はいなくなるのではないかと懸念されます。
 明日の道州制問題等調査特別委員会での質問作りのやりとりの中では、道民にとって、この道州制がどのように影響するのか、何が良くなって、何が変わるのかを明確にして、説明しなければ新しい行政を目指すことは出来ないと思いました。

天気と転機

 一昨日書いた寒さもようやく和らぎ、小雨と共に、霧がかかってきました。午前中知り合いの葬儀に参列したあと、事務所によって来客と懇談し、
午後から自民党中標津支部の幹部会を開きました。5月23日に予定している総会に向けて役員会を開く全段の確認をしました。その中で、自民党の第7選挙区支部事務所を釧路(旧北村事務所)から、根室支部事務所に移したことについて、疑問が出ました。やはり、大票田の釧路に置くべきではなかったかというものです。私たちは、道本部からの連絡が、小池代行代表のところに来るのと、費用がかからないため、次に支部長(次期選挙候補)となる人のために少しでも資金を残しておいてやりたいという単純な理由でそうしただけなのですが、人はそうは受け取ってくれないものだと思いました。昼には、自民党本部道州制調査会に提出された、内閣府の推進法案の基本的考え方修正案が届き、14日に議会道州制特別委員会、21日に臨時議会が開かれるということで、その特別委員会の質問を私がまた担当することになりました。政策審議改質の専門員と、質問についてのやりとりをしましたが、今回は、北海道の要望を殆ど満たす内容となっているため、詳細の懸念事項や、今後の推移を訊くことになります。人口減少、財政難、少子高齢化の中での医療・福祉費用の増大など、これまでとは違った環境の中で、行政も大きく変わっていく転機にあることだけは確かです。

雪と霧の中の旧鉄道防風林

北方領土講演会

 中標津青年会議所の4月第一例会に参加の案内があり、鈴木宗男氏を講師に迎えて、北方領土返還への道を探る講演を聴く機会がありました。久し振りのムネオ節でしたが、返還論については、ロシアの国情や、信頼関係、これまでの鈴木氏の係わってきた交渉経過などをふまえ、柔軟に出来るところからやっていく姿勢が必要だとか、首脳会談に当たって、様々な情報のインプットや、相手に対する配慮術など、首脳に対して、あるいは相手国のロシアに対してプレゼンテートする役目の者が居ないと交渉はうまくいかない、今その役目を果たす者が居ないから昨年の首脳会談でも交渉は進まないのだという話でした。そして、例え今は一部でも、それが地域や日本にとってどれ程の経済効果や、貢献をするのかよく考えて、早く判断するべきだというものでした。早期解決を目指す一方法だと思いますが、相手にそれで終わりだと言われないように布石を打った上でとは思います。それにしても、今のロシアにとって、日本との平和条約は必要と考えているのだろうかと疑問に思いました。

まだまだ

 農業団体を始め、あちこちを回って、話をしたり、聞いたりしました。挨拶のはじめは、大抵「なかなか暖かくならないですね」から始まります。東京では桜が散り、札幌は積雪ゼロになったというのに、中標津はまだところによっては40センチもの雪が積もっています。この調子だと、畑に入れるようになるのが、大分遅れるのではないかと懸念されます。3月末と、4月はじめの雪が効いています。早く暖かくなって欲しいですね。
 夜には、後援会の役員幹部会が開かれました。三年を過ぎて、まだ未整備の後援会組織や、資金などをこれから来年の選挙に向かって整理・拡大しなければならないという相談でした。私は、未熟ながら、地域のために懸命にやっていれば、地域の人達はその評価をしてくれると考えていますが、それも私の近くにいる人達だけに見えるもので、ふれあう機会のない人にとっては何をしているのか解らないというのです。まだまだ日常の活動が足りないのだと反省しました。

戦い方

 6日本会議の開会を待つ間午前中の議員総会で、議長経験者に結論の裁定を一任した、議員定数等改訂について、私たち一期生の役員と、議長経験者の会談がありました。一期生全員は、合併特例法で認められている、「合併後の最初に行われる選挙においては、なお従前の選挙区で行うことが出来る。」を適用し、選挙民の激変緩和を防ぐべき。と主張し、これに同調する他の議員も多く、執行部の合併後の選挙区とする案と対立していました。会談では、始めに、「一期と五期でなく、同じバッチを付けるものとして話し合おう。」との一言から始まり、以前私たちの会長と幹事長が支持の御願いに行った時、「もっとみんなを説得できる理由を考えてこいと言ったが、それから何の提案もなく今に至った。これで選挙民が納得できると思うか」と先制パンチを受け、その後はにらみ合いとなりました。結局は、先日の様な結論となりましたが、私たちも決して間違っていないと思うので、私たちも全員が主張を取り下げず、それを充分勘案して、結論を出していただきたい、出した結論には党人として従う。との返事をしましたが、この会談の時点で、負けた(勝ち負けではないのでしょうが)と思いました。さすがに喧嘩を心得ていて、選挙を勝ち抜いてきただけあると思いました。