糖質制限牛丼

 テレビで、全国展開している牛丼チェーンが、糖質を抑えた牛丼を提供し始めたと報道していました。
 最近、特にビールで糖質制限を売りにした製品が次々と売り出され、コマーシャルに登場している。
 日本人が米を食べなくなることを心配する立場からは、これまでも副食をとる量の増加で、消費が減っている食糧事情が、今後どうなるのだろうかと懸念されます。
 飽食の末に、今度は機能性を売りにしたり、それを求めたりする風潮は、やはりどこかで正しい軌道を外れており、いつかその報いが来るのではないかと心配です。
医食同源は過去のことでしょうか?

北方領土は

 北方領土はまだ氷に覆われているのだろうか?
 今日の北方領土特別委員会で質問をしました。
 今日から新しい中野本部長(総務部長)に代わったので、領土問題解決に向けての決意をまず伺いました。
 新本部長からは、70年以上を経過して解決の見えない領土問題に対して、様々な方策をとりながら、国民世論の喚起や、隣接地域振興対策、運用益のなくなってきた北方基金への手当てなどについて、国と協議しながら、議会や道が一丸となって働きかけていく。との決意が述べられました。
 共同経済活動については、ロシアとの協議ではそれぞれの提案を出し合った段階であり、今後国に働きかけながら、外務省に派遣した職員を通じて情報をとりながら、地元企業がどのように参画していけるかなどを探っていきたいとのことでした。

人事異動

 今日の議会の中は大混乱。
 それは昨日から新年度で、人事異動のあった直後で道庁の議会に関係する各部の課長以上ほかの幹部が次々と挨拶に来たからです。
 ほとんどが昇格した人たちで、私が初当選した時にはまだ主査クラスだった職員が、部長や局長になってきたのを見ると時の過ぎたのを感じます。
 そして、世代交代も着実に進んでいて、私たちと一緒に議論してきた仲間のような気もします。
 勿論、私の方が部長クラスより10歳以上も年上になっているので、仲間と言ってもらえるかどうかは疑問ですが。
 これから一層北海道のためにしっかりと取り組んでいかなければならないと改めて思いました。

お酒には

 
 弱いというのが、私の弱点です。 これさえできれば、私は大物になっているか、体を壊して居なくなっているか、それとも身を持ち崩しているか、どれかでしょう。
 ビールコップ一杯飲めば、もう真っ赤になるほど、効率の良い体は誰からもらったのか?
 祖父は結構な大酒のみで、そのせいで内地(山口県防府)での金物店をつぶし、こんな寒いところへ来なければならなかったと、祖母が良く言っていたものです。
 母方も結構強かったけれど父は私と同程度だったのでその血かもしれません。
 子供たちも、三男以外はやはり飲めないので、遺伝はしっかり受け継いでいるのでしょう。
 とはいえ、議員の世界は付き合いも大事ですが、最近は飲めなくとも付き合うことができ、みんなも私は飲めないと認識してくれるようになったのですが、相手からするとやはり付き合いにくいのかもしれないと思います。

教育勅語論争

 フェイスブックに森友学園問題で話題になっている「教育勅語」を全否定するのは行き過ぎ、と書いたところ、ある方から強烈な反論が来ました。(直接は知らない人ですが)
 曰く、自民党の一部勢力が、教育勅語を持ち上げて復活させようとしていることが、一連の(道徳の教科化、憲法改正の動き、日の丸君が代の上からの押し付けなど)と絡めて、戦争に至った原因を忘れて再評価することは許せないと反発してきました。
 私は、やはり日本人として、伝統的に引き継いできた大事な精神的支柱がそこには含まれており、全否定するのは間違いと考えています。
 兄弟仲良く、親に公を尽くし、といった部分は何も悪いことを言っているのではないと思います。
 何事も悪いところと良いところを持っており、一部を取り上げてすべて否定したのでは、人間も一人も生きてはいけないのではと思います。
 反論を読みながら、私にも考えさせられるところはありますが、野党的にすべて政権側を悪の権化のように言う人を悲しく思います。

新年度

 今日から49年度。
 私の二人の孫も初めての小学校入学を控えています。
 ところで、今日生まれた子供までは早生まれで、昨日まで生まれた子供と一緒に小学校に入学することをご存じでしょうか。
 私の長男がそうでしたので覚えていました。
 4月2日生まれとは1年も違う子どもが一緒に学校に入るのですから子どもにとっても先生にとっても大変なようです。
 大体3年生くらいには違いが感じられなくなるそうです。
 話はそれましたが、様々なことが変わる時期でもあります。
 物価はいろいろ上がるようですが、これも給与の上昇と物価上昇をてこにデフレ脱却を目指している政権の目標通りでしょう。
 改革かぶれはいただけませんが、ものには正当な評価が有って当然とも思っています。