臨時議会開会

 第28期の議会構成を決める臨時議会が開会されました。知事からの挨拶の後議長・副議長の選任について上程され、各会派からの候補選出のために、暫時休憩となりました。基本的には、最大会派(自民党道民会議)からは議長、第2会派からは副議長を出そうということが、会派代表者会議で申し合わされました。この候補選出にはかなりの時間がかかりそうで、それぞれの議員は、さまざまな準備や作業をしながら待つことになります。2期生以上は、それぞれすることがあるのですが、1期生はただひたすら待つことになり、議会とはこんなものかと思うことになってしまいます・

桜満開

 議員会も議会もなく、1日、部との打ち合わせや、議員同士の懇談、外郭団体訪問等の日程を費やして来ました。外は桜が満開となり出歩くにもコートもなくさわやかな気候です。パークホテルに行くと北海道には珍しいしだれ桜がありました。ぱっと咲いてぱっと散る、散際の潔さが日本人の心と合うと言うことで愛されている花ですが、政治の世界もこのようには行かないものだと、最近思います。

いよいよ開始

 第28期の議員活動がいよいよ始まりました。今日は、「自民党道民会議北海道議員会」会派の議員総会が開かれ、今回過半数割れした52名の議員会や、同期の会の役員選考をしました。私たち2期は、今回19人いた1期の中で5人が苦杯をなめ、残った14人に、新しく会派入りした1名と、以前1期半ばで退任したあと、今回改めて当選した2名を加えて、17名でスタートすることになりました。会派の議員会長には4期生の中から原田裕氏、幹事長には3期生の中から布川義治氏が選出されました。また、2期の中からは千葉秀守氏が会派の副会長として互選され、漸く会派の中に私たちの意見を反映する窓口が出来ました。
 道議会は他の地方議会に比べると、昔からの慣例を重視するところが多く、期毎の序列があまりにもはっきりしすぎているところや、自由に討議する機会がないと感じてきました。これからの議会内での役割配分でも、期毎の配分を守ろうとする意識が強すぎて、私たちのような多くの議員のいる期は大変だと感じています。議会が動き出せば、そんなことは感じないほどに一体となった活動が出来ていくのですが、もっと始めから柔軟な考え方で臨めないものかと、自己主張の強い個性あふれる議員団を見ていて思います。
何期であろうと、今回の選挙で選挙民から選ばれてきたことに差はないのですから。

1年祭と地域振興

 昨年無くなった、中標津町の会社社長で、多くの公職をこなしていた方の1年祭に招かれ、参列しました。学歴もなく体一つでトラック一台から事業をはじめ、今では10社以上もの関連会社を有する根室管内有数の企業に育て上げた立志伝中の方でした。社員には厳しい反面人情味が厚く、面倒見も良い人で、町には数々の公職と共に、さまざまな活動に対しても支援を惜しまない人でした。会社の利益の中から年間数百万円ものお金を用意して、少年スポーツなどの大会出場に支援金の寄付をしてくれたりもしていました。
 今社会事情が変わって、企業は生き残り競争が激しく、かつてのようには地元企業もお金を出せなくなっていますが、それでもこのようなスポーツ振興や地域活性化に繋がることには、応分の寄付をだしながら支えています。一方規制緩和の旗印の下、地域に襲いかかってくるかのように進出してくる企業や、大規模店では、このような寄付の申し入れには、本社から止められているとの理由などで応じないことが多いのが現状です。昨年道が定めた「地域貢献ガイドライン」に沿って地域貢献計画を提出していますが、一件1万円程度の寄付がやっとの状況です。
 消費者の利益を旗印に進出してきていますが、地域の商店は時代の波に乗れず殆ど壊滅状態で、これまで地域の行事を支えていた寄付も勿論無くなってきています。格差を言いたくはないのですが、こうした状態が続く事は好ましくないので、何らかの対応策を検討しなければならないと思っています。

喜びの春(夏?)

 今日は立夏。当地ではこの日ほど季節感のずれを感じるときはありません。とは言え、外では野鳥の声が賑やかで、ウグイス・ででっぽぽ(キジバト)・おおじしん・アカゲラのドラミング・丹頂鶴の一声などがそちこちで賑やかです。野原や川では、山菜が抱負に採れ、山菜の王様行者ニンニク・ふきのとう・よもぎ・クレソン・やちぶき・せりなどが、食卓に切れることはありません。もう少し経つと、蕗やウド、タラの芽などが出てきますし、カッコウが鳴き始めると、どんな種を蒔いても良いという時期になります。
人間は、あまりにもこうした自然と離れすぎて、効率一辺倒の都会に集まりすぎてしまってはいないでしょうか。そして自然をいじめ抜いてはいないでしょうか。
如何ですか都会に住む皆さん。

こどもの日2007

 毎日○○の日が続きますが、今日はこどもの日。最近の子供の弱さは先日書きましたが、もう一つ気になるのは、北海道の子供の体力です。先日の新聞によると、全国の他府県と比べて体格は上回っているのに、運動能力が劣っていると言うことです。広くて、自由に走り回れる環境にあっても外で遊ぶ機会が減ったのと、大人同様車に乗ることが増え、都会の子供より歩かなくなったという事によるのでしょうか。
 もう一つ、学力のことですが、北海道の医師不足と、子供の学力(受験対応能力)の関係です。地域にとって医師の確保がうまく行かない原因の一つに、地元出身の医師がいないと言うことがあります。それは、医師になりたいと思っても、学力が伴わず、始めからあきらめてしまっていることによるとも思います。いわゆる受験対応能力を磨くには、有名進学校か熟・予備校などに早くから係わっていなければならないのですが、そのような機会の少ない地方では、そのような体制が出来ていないのが現状です。中学や高校の段階で、その差を埋める方策がとれないか、関係の方々と懇談して行きたいと思います。

みどりの日

 今年からは今日が緑の日とか。暖かいところでは新緑の季節であり、北海道も南の方から桜前線が広がってきているので時期としてはちょうど良い頃です。今年は、北海道で全国植樹祭が開かれます。時期は6月24日、木を植えるには遅い時期なので、大丈夫なのかなとは思いますが、天皇陛下をお迎えする気候を考えたときにはこの時期なのでしょう。
 地球温暖化防止の一翼を担っている森林ですが、例えばカラ松のように需要が急に高まって値上がりしてくると、どんどん伐られて植えるのが間に合わなくなって、結果として森林面積が減ってくることになります。人間の欲の下には、どんな対策も無力ではないかと思えてしまいます。昔は望むらくもなかった贅沢をお金の力で実現して行く中で、どんどんと贅沢をするようになってきています。こうした生活のあり方も見直しながら道立林産試験場の開発した、「ぐいまつ中標津5号」のような炭酸ガス吸収力の強い木を至る所に植えて後代に悔いを残さないようにしなければならないと思います。

5月3日 憲法記念日に

 今日5月3日は憲法記念日。60年前に新日本国憲法が発効した記念日です。「主権在民」と「平和主義(戦争の放棄)」が特色の憲法でした。後進国として、欧米の先進国の植民地化を防ぐために殖産興業と軍事力強化にひた走った「大日本帝国憲法」下の日本のあり方を反省してのものでした。占領下で、米国によって押しつけられたものとの言い方があり、それが自主憲法制定論議にもなっていますが、少なくともこの60年間戦争をせずに、平和の恩恵を享受してきたのは、この憲法のおかげと言えます。今憲法改正に向けた「国民投票法案」が国会で議論されていますが、時代に合っていない部分の改正は常時必要と思います。しかし、この平和主義は、国益確保のための戦争の愚かさを最も痛感している日本として守り通すと共に、世界に広めるものとして、維持し続けなければならないと思います。難しいのは、専守防衛と警察機能としての軍隊のあり方です。国際貢献をどう果たしながら戦争に巻き込まれないようにしていくか、よく考えて憲法を見直す事が必要です。性急に事を進めないようにして良いと思います。

日本学生野球憲章

 これまで私立高校などで当然の如く行われていた、特待生制度が、学生野球憲章違反との疑いで、つぎつぎと明らかにされ、春の高校野球大会に出場辞退するという事態となっています。特待生制度は野球に限らず、何らかの特色を出すことで、生徒を集めようとする私学が、学業成績や、スポーツなど幅広い分野で優れた生徒を確保するため、かなり以前から行われてきました。今回の野球憲章違反は、プロ野球が大学や、高校の野球部員獲得のために、資金援助などをしていたことが明らかになり、それが日本学生野球憲章違反とされたことが発端になりました。
 いくつかの疑問点があります。
 まず、幅広い分野で行われている特待生制度の中で、何故野球だけがやり玉に挙がらなければならないのか。
 英才を集めて他の学生のレベルアップを図ろうという私学の運営方針まで葬り去ってしまって良いのか。
 特待生制度は、経済的理由でその優れた能力を伸ばすことの出来ない生徒にとっては、救いの手のようなものであることをどう判断するか。
等であります。まして、その制度によって今甲子園を目指している生徒に出場辞退をさせることが、本当の教育と言えるのか、そのようなことは、特待生制度を充分論議して方向を決めてからにすべきと思うが皆さんはどう考えるか伺いたい。
 これまで悪いこととの認識無く行われてきたことを、一部から指摘されたからと言って、すぐに謝って済まそうとすることが本当の正義か、関係者はよく考えて欲しいものとおもいます。 

五月晴れ

 今日から5月。暖かい五月晴れの下、やや強い風を受けて鯉のぼりが元気に泳いでいます。こどもの日を前にして、鯉の滝登りのように強くたくましく育てという願いを込めて江戸時代から続いている鯉のぼりですが、この頃の子供は、かなり弱くなっているのではと思うのは私だけでしょうか?少子化時代の中で、生まれたときから大事に育てられすぎて、姉弟げんかもなく、受験やスポーツなどルールの決まったこと以外での争いを経験しないままに育っていくことで、争いに対応するすべを知らず、いじめという社会問題を作り出しているように思います。勿論いじめる側も、争いを知らないことで相手の傷みを推し量れない為に、いじめられる側を追い込んでしまいます。根室管内のような田舎では、子供達が年代を超えて遊んでいるのを見かけますが、こうした遊びが社会に出てからいかに大事かをもっと注目していくべきと、真鯉・緋鯉・小さい鯉と「順序よく並んだ鯉のぼり」を見て思います。