総決起大会

 私達が必死で当選を目指している柿木候補予定者の札幌での総決起大会が開かれました。
 パークホテル・パークホールには1800席を用意しましたが、集まった皆さんがあまりにも多く、第2会場を急遽用意して総勢2000人の人達で柿木さんを激励しました。
 応援弁士には自民党本部から、谷垣幹事長が駆けつけてくれ、民主党政権時代の3年間で自民党が何を学んだか、責任政党として何をしなければならないかなどを話した上で、今回一議席増えたこの北海道選挙区で2議席確保する事の重要性を説いてくれました。
 柿木さんからは、これまで北海道議会で追い求めてきた地方の振興や、経済活性化、安心して暮らせる北海道への追求などを訴え、国会の場へ送り出して欲しいと土下座をしていました。
 土下座はあまり褒められたものではありませんが、氏の必死さは伝わったものと思います。
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最後の運動会

 私の学んだ中標津町立武佐小学校が来年3月で100年の歴史を閉じることになり、今日その最後の運動会が開かれました。
 霧雨の降るあいにくの天候でしたが、13人の児童は元気にすべての競技を行い、地域の父母や若者、大先輩なども多数参加して最後の運動会を惜しみました。
 かつては最大300人も在校していた武佐小学校ですが、交通手段の変遷と離農による戸数減少、少子化など北海道の田舎で見られる現象をすべて背負ってついにこうなってしまいました。
 とても寂しいことですが、地域がなくなるわけではなくまた新しい歴史が始まると思って頑張らなければならないと思います。
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第7支部定期大会

 自民党第7選挙区支部大会を開きました。
 大会は年一回の総会に当たるもので、昨年一年間の活動報告、決算、今年の活動計画、予算を決めた後、若干の役員改選を承認していただき議事は終了。
 その後私のほうから7月10日に行われる参議院議員選挙の情勢をお話しし、このままでは自民党の二人当選はおぼつかない状況で、この選挙区においても柿木候補の支援に全力を挙げなければならないことをお話しし、党公認候補としては二人に選挙区事務や遊説では同等に対応するものの、運動としては柿木候補を最重点としてほぼ一本化して進めることを了承していただきました。
 とにかく二人当選のために全力を挙げていきます。

北海道獣医師会

 北海道獣医師会の理事総会が開かれ、道議会自民党獣医政策議員連盟の喜多会長、東副幹事長とともに出席して、ご挨拶(喜多会長が代表して)と紹介をいただきました。
 獣医師の仕事は、様々な動物のケアが仕事ですが、牛、馬、豚、などの大動物臨床獣医師、鶏など家禽の衛生管理、犬、猫といった愛玩動物の治療や管理(不妊手術や去勢手術など)、狂犬病予防注射の実施、野生動物の保護管理、家畜衛生保健所や、畜肉検査センター、輸出入の防疫管理など幅広く、また早くから大学を六年制にしてその専門分野教育をおこなうなど、その専門家として活躍をしてきました。
 しかし人間の医療から見ると職場での位置づけが低く、給与体系も公務員としては看護職と同レベルの扱いということで、その是正が待たれています。

都知事辞任

 別荘へ通うという私的なことに公用車を使ったとの指摘記事から始まった、一連の桝添知事追求をしていた東京都議会では、ついに知事辞任という事になりました。
 都知事という公的な役職にある方ですから、美術品の取得など数々の疑惑にはこたえなければなりませんが、何となく、「説明責任」という大義名分のようなものを振りかざし、追求する議員の側には難の証拠もないままの寄ってたかっての袋だたきという印象が拭えません。
 もちろん知事の公私の観念にも問題はありますが、本当に辞任に追い込むほどのことか、もしかして参議院選挙を有利に戦うための野党側の戦略ではないかなど変な疑問がわく茶番劇のように思えました。

選対事務所

 かきき選挙対策事務所の手伝いで札幌にいます。
 様々な会合や、遊説などの準備、出席確認、日程調整などが主な用務ですが、何となく地元で走り回った方が票につながるのではという気持ちにもなります。
 少し支持率が上向いてきましたが、まだまだ厳しい状況は続いています。
 なんとしても民進党の二人のうち一人を追い越して、自民党二人当選を獲得しなければならないと思います。
 そのことが北海道の発言力を強め、道民の希望を実現できる道だと思います。

別海町長

 水沼町長の死去を受けて行われた別海町長選挙は、今日の夕方までに曽根氏以外の立候補が無く、無投票当選が決まりました。
 朝の出陣式、第一声と参加しました。
 水沼氏と激しい選挙戦を2度戦った曽根氏ですが、緊急事態の中で、水沼町政を引き継ぎつつ行政経験と、9年間にわたる民間人としての浪人生活の中で得たものを生かしながら、活気のある別海町を築きたいという意気込みにあふれています。
 今は町を二分して戦っている場合ではないという別海町民の思いが、無競争という結果に表れましたが、今後も町民一つになって街づくりに励んでもらいたいと思います。
 もちろん私もしっかりサポートします。

山登り

 根室原野(平野?)の象徴である武佐岳の山開きが行われました(私は出ていませんが)。
 今日は約280名ほどだったとか。
 割と登りやすく高齢者から幼児までが時間をかければ登れるということで、昔から地域に愛されてきた山です。
 私が中学生くらいの頃は、山開き1日で3000人登っていたと記憶しています。
 この頃は今のように各地でのイベントが少なく、唯一の娯楽だったのかも知れません。
 青年会の頃は麓でジンギスカンを提供しこれで会の活動費を稼いだこともありました。
 今のように少なくなるとそのような事も出来なくなりますが、森林管理所が登山道の管理をしてくれているので事故に気をつけつつ気軽に登ってもらいたいものです。

後継者の結婚

 久し振りに酪農担い手の結婚祝賀会に出席しました。
 地元の農協に勤務していた女性が相手で、とても幸せそうで、微笑ましくなるカップルでした。
 酪農に従事していると、なかなか自由な時間がないことや、人と話すことが苦手の男性も多く、女性と出会っても話す話題に困るといった話も聞きます。
 真面目に働いている人ほどその傾向がありますが、今ではメールやツイッターなど通信媒体で交流することがあってもそこから進展しない事も多く、こうしてゴールインできたのは素晴らしいことと言えます。
 二人で協力し合いながら、幸せな家庭と良い経営を築くよう祈っています。

拍手の見送り

 中標津町に大きな足跡を残した、菊池養之助さんが亡くなり葬儀に出席しました。
満102才という高齢で体は弱ったものの最後までしっかりしていての大往生でした。
 中標津町議会議長を2期8年、その前から消防団長としても約10年、公設卸売市場の設立にも尽力して、根室管内の物流の拠点を作るなど、その指導力で大きな足跡を残しました。
 私個人の思い出は、消防団の不良団員だった頃「この程度の出動割合ではボランティア精神に欠けると言わざるを得ない」とのはがきをもらったこと、幹部になってからは「幹部がしっかり団員を掌握していないと犠牲者を出すぞ」と訓示をいただいたことなどきりの無いほどです。
 100年以上生きた大往生に、みんなで拍手で送ってもらいたいという家族からの希望で、盛大な拍手で見送りました。