中標津武佐会

中標津市街地に住む武佐出身者の集まりである「中標津武佐会」の春の懇親会に出席しました。中標津町では明治45年(大正1年)に俵橋地区に最初の入植者が入ったのを皮切りに、翌2年には武佐地区その後順次奥の方(海側の標津から見て)へと開拓が進んでいきましたが、開拓の初期は武佐地区に商業や製造(みそ・しょうゆ)酪農の牛乳集乳所などが集積し、根室内陸一の賑わいを誇っていました。その後鉄道の施設によって中標津がその拠点となったことから人口が移動し今の市街地が発展し、反対に武佐市街は衰退していきました。そうしたことから中標津市街地の主要な産業、人材などは当初はほとんどが武佐の出身者で占められていて、50年以上前に武佐会が結成されたものです。今は無くなった武佐小学校のことを懐かしく思い出しながらの懇親会でした。