お彼岸に

 今日はかねてからの予定通り、お寺に行きお彼岸参りをしました。
 お盆のお参りは近年になく多かったそうですが、今回はまた近年になく少なかったとか。
 こうした節目節目にお寺に行き、位牌堂でお参りをし、本堂で住職と共にお経を上げて先祖の供養をし、自分の生き方を考えるという日本本来の宗教心が、今でも続いて居るのですが、どうも連休になるとどこかへ出かけていって、お寺には一年に一度行けばいいだろうという機運になっていそうですね。
 そういう自分も今年は初めてお盆のお参りにゆけなかったのですが。
 どんなに科学が発達しても、人間の心の平穏を保っていくことをコントロールは出来ないことは、最近の自殺の多さからも解るのではないでしょうか。
 個人主義が拡がり、家族の絆さえ薄くなっている事が、100歳以上の行方不明者の調査であらためて浮き彫りになってきました。
 私も若い頃は科学万能のように思って、「仏ほっとけ、神かまうな」などと不遜なことを言っていましたが、10年ほど前からなぜ二千年以上も前からの宗教が続いて居て、その中から何を伝えようとしているのかを考えるようになりました。年をとった証拠かもしれませんが、お経の大部分は生きているものに、人間の大事にすべきことを伝えていると聞くと、なるほどと思います。
 困ったときの神仏ではなく、人間のあるべき姿を教えてくれている、人間はこういうふうに生きなさい、自然とはこういうものだよと説いているという見方で、お経を読んでみませんか。
 先祖の誰がいなくとも今のあなたはいないのですから。

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