定例会終了

今日第4回定例会が終了しました。まずは131億円の災害復旧費をはじめとする323億円の補正予算。この中には公共事業の端境期に効率的な執行を確保するために道の単独事業予算を用意し、今年度中に測量設計、発注などを執行できるゼロ道債と呼ぶ予算も60億円が入っています。このほか、知事などの特別職をはじめ、道職員、道立・市町村立学校の教員、警察官などの給与引き上げをする条例改正案などを全会一致もしくは賛成多数で議決したほか、私立専修学校での専門的人材育成の強化や、放課後児童クラブの質確保などを求める意見書など6つの意見書、国際リニアリコライダーの誘致に関する決議を共産党の退席で議決し終了となりました。次は2月15日からの予定です。

報道人事

知事選挙の候補がだれになるかは、みんなの注目していることです。最近の新聞には、高橋知事は参議院選挙に出てその代わりに夕張市長の鈴木氏を推すことを自民党道連が決めると書かれています。私たちは憤慨しています。自民党道連とはだれのことでしょう、小畑幹事長はそのことを知らず、彼が電話で確かめた代議士の数人も知らず、もちろん道連3役の一人である私もそのことを聞いたことがないのに幹部とは一体誰のことを言っているのでしょうか?火のないところに煙は立たないといいますが、こんなことがまかり通るのであれば組織などいらないことになります。

計画

道行政では常にPDCAサイクルを基本に行政を推進していることから、各部、各課では膨大な計画やプランを常に立て、それに基づいて行政を行い、点検し改善をするということを繰り返しています。それが行政の仕事といえばそうなのですが、民間でもそのように仕事をしているのだろうかと、ふと思います。私の机の上には毎日その説明をされる書類が山になっています。決して処理能力があるわけではないので、積みあがったままで、後で見なければという気持ちは下積になっている書類のように押しつぶされていきます。計画がなければ実行もできないのですが、この書類の山は何とかならないだろうかと思います。

また見送り

先の受動喫煙防止条例に続いて、また先送りです。今度は北方領土問題を解決し平和条約を結ぶことに関する意見書です。政務調査会メンバーや党の幹部などにその案文を見てもらい、委員会提案として議決を目指しましたが、一部の委員会先輩議員から、政府が今まさに解決に向かって交渉を詰める段階にあるのだから、今この意見書を出す時期ではないという理由で次の定例会まで先送りすべき、というものです。私はむしろこの時期だからこそ北海道の世論として四島の帰属を確認するという原則を背景に交渉すべきと思うのですが、静かな環境を優先すべきということを覆すことができませんでした。

地方議連&憲法改正

北海道地方議員協議会の総会が開かれ、議案を全会一致で議決した後、午後から自民党憲法改正推進本部長の下村博文氏による、憲法についての研修会がありました。日本国憲法の成り立ちから初めて、改正案の4本の柱である第二条国防に関すること、教育の機会均等、参議院における各県代表に関すること、緊急事態条項の改正の必要性についてとても丁寧に、わかりやすく講演していただきました。とかく憲法改正というとすぐ戦争のできる国に作り替えるのかという議論に走ってしまいますが、時代の要請にこたえる改正は必要で、議論にも入れないことは異常な事態と思って聞きました。

満席・満席・全便欠航

5~6日にかけては中標津で大きな大会があったこともあって全便満席。今日は私が乗る予定はありませんでしたが、雪による悪天候で全便欠航。いよいよ行き来には大変な時期に入りました。今日は釧路に、自民党の酪農・畜産小委員会のメンバーが来て、両管内の関係者と酪農情勢について懇談をする予定になっており、私も札幌からJRで駆け付けることにしていましたが、悪天候で東京から釧路への便が欠航ということで、私も行くのをやめました。一行は結局、帯広空港へ飛んでそこから釧路へ走り、夜遅くの懇親懇談会を行えたようです。来年の酪農・畜産政策決定ももうすぐです。

満席

所用を済ませて議会へ戻ろうと、昨夜、飛行機の空席状況を見ると、なんと3便とも満席で慌てました。たいていは3便のうちどこかで空席があるとタカをくくっていたのでした。何事かと思ったら、全国酪農女性サミット(正確ではありません)が中標津で開かれたということで、その帰りの人たちのようです。とても良いことではありますが、慌てた私は朝6時に家を出て釧路から特急で出札しました。JRにとっては幸いだったでしょう。

束の間

先週は土日に地元に帰れなかったので、休会日を利用して一日地元に帰り、家でのことや事務所でのたまっている案件の処理をしてきました。夕方、初当選時からお世話になってきた地元の「月刊新根室」前社長が亡くなりそのお悔やみにも寄ることができました。来年の選挙を控えて地元に帰ることがなかなかできないのは不安でもあり、申し訳なくも思いますが、まずはみんなの期待する施策を着実に実行していくことが役目と割り切って頑張ります。

71歳

今日、71歳の誕生日を迎えました。71年前の今日は大雪で、生まれたところは戦中に移転開拓で入った掘立小屋。朝産気づいた母は一緒にいた叔父に10キロほど離れたところにいる私の祖母に知らせに行ってくれるように頼んで、一人で陣痛に耐えていたそうです。一尺五寸(45センチ)も積もっていた雪を漕いで叔父は祖母のところに知らせ、祖母は馬橇を仕立てて出発したもののそりが雪を押して前にためてしまうため前に進めずとても焦ったということでした。ようやくたどり着くと、産まれたまま置かれていた私は、冷えて紫色になっていて産湯を使っても泣かず、もう駄目だと思ったところで鳴き声を上げたということで、その時の嬉しさは言いようがなかったと聞かされていました。あの時死んでいてもおかしくなかった私が、71年生かしてもらいました。

国際交流の集い

今日の議会終了後、道議会国際経済・文化交流促進北海道議会議員連盟主催の、国際交流の集いが開かれました。出席したのは札幌に領事館を持っているアメリカ、ロシア、中国、韓国、オーストラリアの各国領事の皆さんでした。主として北海道への観光客の多い国ですが、さらにさまざまな交流を多くしてつながりを深め、またほかの国へも広げていけると良いなと感じました。私たちのテーブルにはロシア領事館の三等書記官、セルゲイ氏が同席しましたが、私は北方領土のイラスト入り名刺を渡し挨拶しました。今とても微妙な時期ですがその話はさておいて、日本語や箸の使い方が上手なことをほめ、ビザなしで国後や択捉を訪れた時の話をしました。