中標津高校

私の母校、中標津高校は今年開校70周年を迎え、今日記念式典と祝賀会が開かれました。中標津町が管内の中心として発展したのと軌を一にして高校も管内の基幹高校として成長してきました。しかし近年少子化の影響などもあって入学者が募集定員を割り込む学科が出てきています。それ以上に、地域の一部の人たちからこの高校では子供が望む大学へは進学できないと、札幌や釧路の受験校へ進ませる例が後を絶たず、周辺の高校と同様次第に定員割れとなってきています。医療と同じで、地域にあるものを信じない限り自らを失っていくことに気付いてくれなければと思います。

責任

代表質問二日目。どの会派も地震に関連する質問から入りましたが、その中でもブラックアウトというこれまで全く経験のなかった、そして地震に伴うとは言え、大きな二次被害を与えた停電に関して、責任を問う質問が相次ぎました。直接的には北電に責任があると思うのですが、電力の提供契約には「天災による停電については責任を問わない」との一項が入っていますが、一か所の発電所で需要の半分以上を担う偏った発電のありかたについてや、その危険性を知事は認識していて対策を取らなかったのではないかなどとの質問は、全停電のショックがいかに大きかったかを示していると思います。

自民党総裁選挙

自民党総裁選挙が行われ、全国の党員票と、国会議員票の開票の結果は、安倍総裁が553票、石破氏が254票の結果となりました。国会議員票は安倍氏329、 石破氏73だったのに対して、地方党員票は安倍氏224票、石破氏181票と予想以上に石破氏が獲得したと言われていますが、新自由主義・競争主義の導入で人口減少や東京一極集中を進める安倍政権に対して地方の党員が反発していることをよく表していると思います。国会議員も党中央・東京の目線で物事を見ていると思われ、この認識の格差をどう感じ、説明するかが、今後の地方選出議員の力量となって来ることと思います。

明日から再開

地震対策のため休会していた道議会は明日から本会議が再開されますが、地震災害を受けて質問内容を大幅に変えて地震被害に対する対応や、停電、産業、交通、観光などの影響とそれへの対応策。国への支援の要望などを問うことにして、意見交換をしました。このほか、農政部から台風21号の被害状況や、地震による農業被害、特に灌漑施設の被害について今後の調査見通しについても聞きましたが、今は不需要期でダムの水もほとんど抜いており、畑や田んぼには作物も残っているため通水試験ができないため被害状況が分からないと困惑していました。

対策本部会議

自民党道連胆振東部地震被害対策本部・道議会自民党議員会合同会議が開かれました。北海道対策本部、札幌市・北海道開発局からの経過報告や被害状況報告道連対策本部からの現地調査とその対処報告の後、出席した各団体を代表して北海道商工会議所連合会の岩田会長、道観光機構の堰八会長、農協中央会の飛田会長の他、林業、水産業などの代表から要請を受けました。要請内容は、激甚災害の早期指定や、キャンセルが相次いでいる観光への支援、停電により大きな影響を受けた経済再生、台風21号と地震により大きな被害を受けた農業への支援、地滑りによって伐期だった木材の有効利用と壊滅的被害の林道の復旧などで、しっかりした対応が必要と感じています。

灯りが戻って

厚真1号機が思ったほどの故障でなく今日から再稼働できることになり、20%の節電要望は解除されることになりました。今回の胆振東部地震は、被災地やその周辺は大きな被害を受けましたが、全道で関連被害ともいえる全停電という事態となりこの影響は様々な方面に及びました。特に酪農では最低でも一日一回は搾乳しなければ牛という生き物がストレスで乳房の病気になってしまうため、大きな被害となってしまいました。今後、不可抗力だったのか北電のミスなのかが検証されますが、何らかの補償を求める訴訟さえささやかれています。

被災地調査

二階自民党幹事長一行が胆振東部地震被害調査のため来道され、千歳空港出迎えから見送りまで同行しました。最初に厚真町で町長から被災状況の説明を聞いた後、役場前の献花台に献花し黙とうをした後土砂崩れの現場へ行き、その規模の大きさ、悲惨さ、復旧の困難さに驚きながら状況の把握をしました。入植以来こんなことが起ころうとは全く思わずに代々100年以上にわたって住み続けてきたところが、たった1分程度の間にこんなことになるとはだれも思わなかったことです。2か月前に完成し運用を始めた上水道施設も一瞬で使えなくなってしまいましたが、町長はこの復旧も含め、この機会に将来を見据えた災害に強い街づくりを進めるので国・道の支援をお願いしたいと話されていたのが印象的でした。

危機管理

あの地震からすでに10日が経ち、震源に近い被災地以外は平常を取り戻しつつあります。多くの人が亡くなり、多くの人がけがをし、多くの建物が全半壊し、地滑りや液状化現象が起こった地震でした。二次被害としての北海道のすべてで停電したブラックアウト、空港閉鎖で帰国が困難になった外国人観光客と、来道予定だった観光客や修学旅行生のキャンセルの山の観光。製造業、物流もすべてが止まり、食料品が姿を消したコンビニやスーパー。乳の搾れなかった酪農、停電で操業が止まり復旧に時間のかかった乳業工場。どれをとっても想定外の地震に起因してはいますが、つまるところ危機管理の不足が招いたところが大きいと思います。この地震を教訓に備えあれば患いなしの状態を作っておかなければと改めて教えられました。

突然に

この度の地震によるがけ崩れで亡くなったご夫婦の通夜に参列してきました。この方は私が受動喫煙防止条例を制定しようと奔走しているときに、様々なところで支えてくれた道職員のご両親です。眠っていて突然家を押し流した土砂と、つぶれた家に押しつぶされての圧迫死ということで、本人さえもいまだに信じられないのではと思うほど突然のことだったでしょう。思い出のスライドが流れると、まるでわがことのような気がしてきて、涙があふれてきました。罪作りな地震でしたが、こうした自然災害にはただ従うしかないのが現実です。ご冥福をお祈りするとともに、生き残っている私たちは、今回得られた多くの教訓を生かして後世に憂いを残さないよう頑張っていきたいと思います。

被災現地調査

朝から岸田本部長代理に同伴して地震被害調査に回りました。最初は道対策本部を訪れ高橋知事、阿部本部長から災害の説明と状況報告を受けたあと、観光関係団体から地震に伴うキャンセルの状況の説明と復興のための政府の協力について要望を受けました。風評被害的なキャンセルが多く、このまままだと9月10月の二か月間で30万人、11月を加えると50万泊の影響が出て、観光関連業界は壊滅的二次被害を受ける恐れがあると訴えられました。その後、札幌市役所の対策本部、清田区里塚の液状化による陥没現場、鵡川町穂別、鵡川町商店街などを訪れ被害現場の視察をしました。停電で操業できない木工場や、一階部分が全壊してしまって途方に暮れている方の話を聞き、復旧には激甚災害の指定と、グループ補助事業の実施が欠かせないことが良く解りました。