地方議連&憲法改正

北海道地方議員協議会の総会が開かれ、議案を全会一致で議決した後、午後から自民党憲法改正推進本部長の下村博文氏による、憲法についての研修会がありました。日本国憲法の成り立ちから初めて、改正案の4本の柱である第二条国防に関すること、教育の機会均等、参議院における各県代表に関すること、緊急事態条項の改正の必要性についてとても丁寧に、わかりやすく講演していただきました。とかく憲法改正というとすぐ戦争のできる国に作り替えるのかという議論に走ってしまいますが、時代の要請にこたえる改正は必要で、議論にも入れないことは異常な事態と思って聞きました。

満席・満席・全便欠航

5~6日にかけては中士別で大きな大会があったこともあって全便満席。今日は私が乗る予定はありませんでしたが、雪による悪天候で全便欠航。いよいよ行き来には大変な時期に入りました。今日は釧路に、自民党の酪農・畜産小委員会のメンバーが来て、両管内の関係者と酪農情勢について懇談をする予定になっており、私も札幌からJRで駆け付けることにしていましたが、悪天候で東京から釧路への便が欠航ということで、私も行くのをやめました。一行は結局、帯広空港へ飛んでそこから釧路へ走り、夜遅くの懇親懇談会を行えたようです。来年の酪農・畜産政策決定ももうすぐです。

満席

所用を済ませて議会へ戻ろうと、昨夜、飛行機の空席状況を見ると、なんと3便とも満席で慌てました。たいていは3便のうちどこかで空席があるとタカをくくっていたのでした。何事かと思ったら、全国酪農女性サミット(正確ではありません)が中標津で開かれたということで、その帰りの人たちのようです。とても良いことではありますが、慌てた私は朝6時に家を出て釧路から特急で出札しました。JRにとっては幸いだったでしょう。

束の間

先週は土日に地元に帰れなかったので、休会日を利用して一日地元に帰り、家でのことや事務所でのたまっている案件の処理をしてきました。夕方、初当選時からお世話になってきた地元の「月刊新根室」前社長が亡くなりそのお悔やみにも寄ることができました。来年の選挙を控えて地元に帰ることがなかなかできないのは不安でもあり、申し訳なくも思いますが、まずはみんなの期待する施策を着実に実行していくことが役目と割り切って頑張ります。

71歳

今日、71歳の誕生日を迎えました。71年前の今日は大雪で、生まれたところは戦中に移転開拓で入った掘立小屋。朝産気づいた母は一緒にいた叔父に10キロほど離れたところにいる私の祖母に知らせに行ってくれるように頼んで、一人で陣痛に耐えていたそうです。一尺五寸(45センチ)も積もっていた雪を漕いで叔父は祖母のところに知らせ、祖母は馬橇を仕立てて出発したもののそりが雪を押して前にためてしまうため前に進めずとても焦ったということでした。ようやくたどり着くと、産まれたまま置かれていた私は、冷えて紫色になっていて産湯を使っても泣かず、もう駄目だと思ったところで鳴き声を上げたということで、その時の嬉しさは言いようがなかったと聞かされていました。あの時死んでいてもおかしくなかった私が、71年生かしてもらいました。

国際交流の集い

今日の議会終了後、道議会国際経済・文化交流促進北海道議会議員連盟主催の、国際交流の集いが開かれました。出席したのは札幌に領事館を持っているアメリカ、ロシア、中国、韓国、オーストラリアの各国領事の皆さんでした。主として北海道への観光客の多い国ですが、さらにさまざまな交流を多くしてつながりを深め、またほかの国へも広げていけると良いなと感じました。私たちのテーブルにはロシア領事館の三等書記官、セルゲイ氏が同席しましたが、私は北方領土のイラスト入り名刺を渡し挨拶しました。今とても微妙な時期ですがその話はさておいて、日本語や箸の使い方が上手なことをほめ、ビザなしで国後や択捉を訪れた時の話をしました。

7月豪雨

旭川で今年7月の豪雨被害のあったペーパン川と倉沼川の災害復旧に関する対策が決まったということで、この災害後開かれていた協議会の報告会議が開催され、災害対策本部の幹事長として出席しました。この付近はたびたび大雨による反乱で被害が出ていましたが、地権者の意見がまとまらず河川改修の工事が進まない状態となっていました。一昨年と今年の被害を受けて道の建設管理部、旭川市、東川町、この地域の土地改良区、自治会などの皆さんが、長谷川(参議)本部長代理の呼びかけで協議会を作り、関係する83軒の同意をとって今後の防災工事計画を立てることにこぎつけました。今後4年間かかる工事となりますが早く安心できるといいですね。

アピール行動

12月1日は戦後まもなく根室町長「安藤石介」がアメリカの駐留軍に北方領土を占領してくれるよう要請した日。この日を機に東京で根室管内の北方領土隣接地域協議会(北臨協)主催で東京アピール行動をするようになりました。今年は東京八重洲口付近での行進でしたが、例年と違って「島を返せ」というシュプレヒコールではなく、「平和条約を結ぼう」「平和条約を結んで領土問題を解決しよう」と、一昨年と同じようにソフトなシュプレヒコールでした。交渉は国が決めることで、その結果は受け入れるつもりですが、日本国民としては領土の主張を控えるべきではないと思います。

 

議会の在り方

議会には議会特有のルールがあります。合意を得るというために根回しとということをします。それがうまく出来なかったらたとえ正しいことでも通らなくなることがあります。そんな社会の常識ではあまりないことが重要なのが議会という面倒なところです。よく言えばコミュニケーションを十分に取らなければならない。自分の思いだけでは物事は動かない、そのことが今頃になってようやくわかってきたバカです。

JR北海道の経営

今日は本会議は休会ですが、「地方路線問題調査特別委員会(JR問題特別委員会)」が開かれました。10月に公表された経営見通しの概要を受けて、6者協議(JR,道、国、JR貨物、市長会、町村会)が先に開かれたので、その内容を見たうえで改めてこの経営見通しについて各会派代表が質問をし、JRが答えるという参考人質疑でした。JR側は10年後札幌延伸が実現した暁には経営収支が改善することを前提に、これから二年間とその後の3年間を合わせた5年計画の中で次につながる経営成果を出すということでしたが、この実現性は疑問で、各会派代表もその点について厳しくただしました。今後もさらに注視が必要です。